壱:おしゃべりな水飴

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 有楽といつ出会ったのかははっきりとはおぼえていないが、小学校に行く時分にはもう顔は知っていた。その頃から有楽は、奇妙で掴みどころのない、そしていけ好かない男だった。 泣きじゃくりながら下校するおれの後ろを、鼻歌を歌いながらひょこひょことついて回ることもあった。かといって、優しい言葉ひとつ掛けてもらったおぼえはない。有楽はその頃からもう今とほぼ変わらない大人の人間のような姿をしていたので、よく不審者として連行されなかったものだと思う。 そして、そういうときに有楽が泣いているおれをそっちのけで興味を示すものは、これまた大抵どうでもいいものばかりだった。 川のほとりで人が糸を垂れているのは一体なんの儀式だとか、あのボタンを押せば何かを授かれるらしい四角い箱はなんだとか、ものすごくしょうもないことに気まぐれに興味を示しては、おれが泣いているのもおかまいなしに「説明しろ」と言って髪を掴み頭を引っ張る。それは大抵、同級生とつかみ合いの喧嘩をしたり、理不尽に殴られたりするよりも痛いくらいの力だった。 なんでそんなものが気になるのかと尋ねれば、奴は平然と「人間の世界はずいぶん奇妙だから」と言ってのけた。そんな出鱈目な男だったから、後に有楽が本当に人間じゃなくて由緒正しい(?)妖怪だったと知ったときにも、おれは悲しきかな一般レベルの驚愕リアクションすら取れなかった。 むしろ、「あー、道理で」と遠い目になったくらいだ。自分と同じ生き物じゃなくて安堵した、というのが最も近い。
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