壱:おしゃべりな水飴

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「柚子!」 びくっと、柚子が肩を震わせる。しまった、という表情と、それでもどこか安堵したような色が瞳に映る。戸口には、走ってきたのか少し息を乱れさせた湧太が店内を覗き込むように立っていた。 「なんで先帰っちゃうんだよ。旭のお店、おれと一緒に行こうって言ってたじゃん」 湧太は少し不満げな声色でそういったものの、柚子の姿を見るとほっとしたように肩の力を抜いた。たぶん、柚子のことが心配で捜し回っていたのだろう。 柚子は何か言いたそうに口を開きかけたが、すぐに出かけた言葉を飲み込むようにきゅっと唇を結んでしまった。訝しげな湧太の視線をかわすように、また地面に視線を落として黙り込んでしまう。 「あー、おれが声かけたんだよ。ちょうど店の前掃除してるときに、柚子が通りがかったからな」 小学生の修羅場に立ち合い、クオリティの低い助け舟を出すおれを、有楽は眼だけでにやにやと笑いながら眺めている。腹は立つが、口を出すつもりはなさそうなのでそちらのほうがありがたい。こいつにこの子たちの感情の機微をわかれなんていうのは、おそらく今世紀最大の難題にしかならないだろうから。 「ふーん……。柚子、大丈夫? 体調悪いの?」 湧太は、俯いたままの柚子の正面に立つと、心配そうに顔を覗き込んだ。柚子は小さく首を振り、それから、やっと聞き取れるくらいの声でつぶやいた。 「……ごめん、湧太」 湧太は何を謝られたのかわからないといった様子で、途方に暮れたようにおれと有楽の方を見上げた。おれが彼らにかけるべき言葉を必死に探している間に、くしくもさっきまで傍観を貫いていた有楽が口を開いた。
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