零:和菓子屋奇譚

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 陽がしっかりと顔を出し、表通りに足音が響き出したころ、店の前の通りに打ち水をしたり、竹ぼうきでどこからか飛んでくる草葉を集めたりしていると、元気な声と足音が近づいてきた。 「あさひー。おはよー」 丸い頬をほんのり染め、身体に対して少し大きくも見える空色のランドセルを揺らしながら走り寄ってくるのは、近所に住む小学生、箸野(はしの)湧太(ゆうた)だ。今年から小学校3年になった元気で人懐こい湧太は、毎朝ここを通るとき、こうして声を掛けてくれる。 「おー、湧太。おはよ」 視線を合わせるために少し屈んで挨拶を返し、にっと笑ってやると、湧太は満足そうにへへっと笑って、「またなー」と手を振りながら通り過ぎていく……はずだったのだが、今日は珍しくおれの顔を見あげて立ち止まった。 「どうした? って、そういえば柚子(ゆず)は?」 どう頑張っても人一人は隠せないであろう小さな背中をなんとなく覗き込んでおれは尋ねた。いつも湧太の後ろに隠れるようにして、控えめにこちらを見つめる視線がない。今年に入ってから、湧太が毎日誘って一緒に登校しているらしい、「柚子(ゆず)」と呼ばれる少年だ。 湧太と同じ歳で、つい最近引っ越してきたのだと湧太は言った。よく日に焼けた湧太に比べるとずいぶん白い顔をして、おれが声を掛けるといつもやっと聞き取れるくらいの声で小さく返事をする、小柄な少年。それでも湧太といるときはふわりと笑顔になることも多く、気を許している様子が伝わってくる。その柚子が、今日は湧太の背中から顔を出さない。
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