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湧太はおれの質問に目を瞬き、それからどこか手持ち無沙汰な表情でちらりと自分の背後に視線を泳がせた。
「今日は休みだって。最近あんま元気ないんだ」
「え、風邪か? 腹でも壊したのか?」
思わずそう言うと、湧太はこちらに視線を戻して呆れたようにおれを眺めた。小学3年生に、出来の悪い生徒を眺める教師のような視線を向けられるのはなかなか切ない。
「旭と一緒にするなよ……。柚子はね、もっとでりけーとなんだよ」
「……あ、すみません」
湧太に呆れ声で諭され、おれは小さくなった。おれは子どもの頃、学校なんてまったく好きじゃなくて、楽しかったこともほとんどない。でも改めて思い出してみれば休んだこともほとんどない。そういうもんだと、あの頃は思っていたんだろう。
「よくわからんけど、心配だな」
「……ん」
そう呟くと、湧太は表情豊かな顔を少し曇らせて頷いた。なんとか元気づけてやりたいが、こういうときに気の利いた言葉がすらすら出てくるような性分も、育ちの良さも持ち合わせていないおれは心の中で唸りながら視線を泳がせた。
人は自分の経験から学ぶものだ。おれが湧太くらいの子どもだった頃、途方に暮れたときに現われた存在を思い出してみるものの、その記憶には、今この場でこの心優しい少年に対して絶対に掛けてはいけない言葉や、為してはならない行動しか含まれていなかった。
あれは、「思い出」なんて美しい響きで呼べるものではなくて、紛れもないトラウマだ。
あいつは、おれにとって「恩人」でもなんでもない。いうなれば、出会いがしらの「災厄」。
思わず反射で眉間にしわが刻まれ、慌てて表情を取り繕う。それから、何かをねだるようにこちらを眺めている湧太に、にっと笑ってみせた。
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