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「よぉ、働いてるか。勤労青年」
「…………げっ」
盆に載せた美しい春色、ヨモギと桜の二色団子に似つかわしくない声が出た。店の戸口には、麗らかな陽光を背に、背の高い青年が立っている。
色素の薄い不揃いな髪、白い肌、涼やかな赤褐色の目元。逆光でほとんど見えないはずなのに、なぜか確信できてしまう、人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた表情。
ものすごく久しぶりに見る気がするその姿は、けれどもおれの心情にひとかけらの懐かしさももたらさない。感じるのは、胸やけしそうなほどの、面倒ごとの気配だけだ。
「久しぶりに来たっていうのに、ずいぶんお粗末な反応だな。歓迎の辞くらい聞いてやるから、仕切り直せ」
低くも高くもない、そよぐ風のような不思議な温度の声色で、不遜な言葉を吐き出す男は、開店前の店内にずかずかと入ってくる。決して広くはない空間を大きめの歩幅で呆気なく占拠すると、顔を引き攣らせたおれの正面、ガラス張りの陳列棚兼カウンターに肘をついてこちらを覗き込んだ。
あいかわらず、傲岸不遜を絵に描いたような奴だ。目元に掛かる長めの髪は柔らかそうで、透き通って美しい。けれど、その奥からこちらを眺める瞳はまるで獲物を見つけた肉食動物さながらだ。もしくは、玩具を見つけたガキ大将。
どちらにせよ、この男がおれの目の前に現われたとき、おれにはRPG風に言ってふたつの選択肢しかない。「戦う」か、「様子を見る」か。本当は全力で「逃げる」のコマンドを連打したいところなのだが、そうもできない「事情」がある。
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