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溢れ出る気持ちと恥ずかしさとから、宏は一気に喋った。その話を、眩しそうな目で見つめながら聞いていた理恵子は、少し真面目な表情になって、
「実は……私も気になってました。電車の中。私のこと見てましたよね?」
「えっ、気づいてたの?」
「当り前じゃないですか。わかりやすいですよ、先輩は」
と、今度はちょっといたずらっぽい顔になって言った。
「それで、あの日ですよね。先輩が転んでケガした日」
「不審者だと思ったんじゃない?」
「そんなことないです。あっ、ほんのちょっとだけ思ったかな。なんでこの人ここで降りたんだろう? 昨日は降りなかったのに。あっ、ホントは家、こっちの方なのかな? とか、いろいろ考えながら歩いてました」
「やっぱりね」
そこで二人は笑った。その後で、理恵子が少し改まった調子で言った。
「実は私、先輩のこと、もっと前から知ってたんですよ」
「えーっ、そうなの?」
宏が目を丸くして理恵子の横顔を見る。
「はい。入学式の帰りです……」
理恵子は遠くを見る目になって、
「南倉駅で電車に乗ろうとした時、ちょうど足の不自由そうなおばあさんが降りてきて。先輩、荷物持ってあげてましたよね?」
「そんなことあったっけかな?」
「覚えてないのも、先輩らしいですね。そうなんです。それで、おばあさんに付き添って階段登って……」
「ああ、思い出した!」
「そう。結局あの電車に乗れなかったでしょう?」
「うん。改札まで送っていったんだった」
「私、見てたんですよ。たまたま先輩の後ろで電車待ってたから」
「えっ、そうだったの?」
「電車に乗ってからも、ドアの所に立って、おばあさんと一緒に階段登ろうとしてるの、見送ってたんです」
「ありがとう。見守ってくれてたんだね」
「いえ、私はそんな優しくないですって」
と、照れたように笑いながら言ってから、
「優しい人なんだなぁって、ちょっと感動してたんです」
「そうだったんだ」
「はい。だから、私の方が先ですよ、好意持ったの。そしたら今度はあの日、思いっ切りコケてるし!」
と言って、本当におかしいというふうに、声を出して笑った。
「もぉ……あの時は必死だったんだからね」
「はい。わかってます。だから……」
そこでまた、視線を窓の外に向ける理恵子。
「だから?」
「私もお礼を言いたいです」
「いやいや、お礼なんか、俺は何も」
「じゃなくて、先輩がコケたことにですよ! そういう流れにしてくれた神様に!」
「ああ、参ったな」
顔を見合わせて笑い合う二人。恋はいきなり訪れるものなんだ……まだ少し濡れている理恵子の前髪を見ながら、宏はそんなことを思っていた。
八時半のチャイムが、文化祭の始まりを告げた。これから二日間、いよいよ校内は華やかさと賑やかさに包まれる。
宏と理恵子もそれぞれ、開会式の行われる中庭の自分のクラスへと散っていった。
いつの間にか、校内は多くの人々で活気に満ちてきていた。
そして、今年の文化祭も、大盛況のままに過ぎ去っていった。
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