3 文化祭の朝

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3 文化祭の朝

 中間テストが終わった六月初め、南倉高校は文化祭ムード一色に染まっていた。  文化祭までの二週間、授業は午前中のみ。午後はすべて準備に充てられる。しかもその午前中の授業でさえ文化祭の準備の時間にしてしまう、文化祭命なのかとさえ思うような先生もいる。 当日になれば、生徒が運営する屋台も多数出たり、クラスや部活動主催の出し物や展示物、イベント等で一気にお祭りムードになる。南倉高校の生徒だけでなく、卒業生や他校の生徒たち、それに地域の人たちが大勢訪れ、それは大変な賑わいとなる。 南倉高校の文化祭は、昔から地元に根付いている欠かせない年中行事なのだ。 それだけの大イベントだから、生徒たちにとってのこの二週間は、目的に向かって一心不乱にまい進する、充実感でいっぱいの時間になる。 佐久間理恵子は、約束通り次の活動日、部室に来てくれた。 その日は新入部員が来るということで、宏と同じ二年で幼なじみの谷村京子や、一年の男子部員二名の計四名全部員が早々と部室で待ちかまえていた。 そこに、ちょっと遠慮がちに扉を開けて彼女はやって来た。 「はじめまして! 一年の佐久間理恵子です。自分の作品が活字になる、そんな夢を叶えたくて、門を叩きました。どうぞよろしくお願いします!」 と、あの日と同じ明るい声で快活に自己紹介する彼女を、部員みんなも快く受け入れてくれたのだった。 今、五人となった文芸部も、文化祭へ向けて準備に勤しんでいた。 理恵子は中間テスト前の忙しいさなか、何編かの詩を出してくれた。 部員みんなの渾身の作品が、もうすぐ一冊の本となって製本所からやってくる。展示物を作りながら、宏たち部員の心は早くも文化祭当日に飛んでいた。 そして迎えた文化祭初日の朝…… 準備万端だから、朝は普段通りに来ればいいよと部員みんなに言ったにもかかわらず、早く目覚めてしまった宏は、そのままの勢いで家を出てきた。 一年に二日間だけのイベント。部員数こそ少ないが、わが文芸部にとって心血注いで迎える晴れの舞台。待ちきれないこの感じ。それに……佐久間理恵子を迎えてのこの日なのだ。 普段より三本も早い電車に乗り、学校に着いた時はまだ七時を過ぎたばかり。 (さすがに早過ぎだろ!)  自分で自分に突っ込みを入れながら校舎内に入ると、なんともうあちこちから音や声がする。最後の総仕上げに余念のない部やクラスの人たちだ。  そんな音声を耳にし、ますます高まる気持ちを抑えつつ、階段を上り、文芸部に割り当てられた二階ロビーの活動スペースの前まで来た。その時である。パーティションで囲まれた奥の控室の中から、ギーッと椅子を引く音が聞こえたのである。 (こんな早い時間に……)  自分もそうとう早く来てしまったのに、さらに早い人がいることに驚きながら、パーティションの隙間からそっと覗いてみる。と……窓から差し込むやわらかな陽の光をいっぱいに浴びて、椅子に座っている一人の少女の姿があった。
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