3 文化祭の朝

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「なんだよ、いきなり」  憮然とする宏。 「あなたたち、いつからそんな仲になったの?」  京子は薄笑いを浮かべながら、そんなことを言う。 物心ついた頃から、何でも気兼ねなく言い合える仲だった彼女は、異性と言うより幼友達という感覚なのだ。だから、からかい混じりに言っているものだと思って、 「京子には関係ないだろ」  と、つっけんどんに返した。 「それはそうだけど。でも、この間入ってきたばっかりの子を、好きって……」 「うるさいな。関係ないって言っただろ。さっさと荷物を置いて準備でもしろよ」  何となく理恵子のことを軽く扱われたような気がして、気分が悪かった。 「わかったよ、ばか」  京子も気分を害したのか、口を尖らせ、ドンと机に荷物を置くと、さっさと控室を出ていってしまった。  直後、入れ替わるように理恵子が戻ってきた。飛び出していった京子を不思議そうに見送りながら、 「谷村先輩、どうかしたんですか? 怒ってるみたいでしたけど」 「いや、べつに。朝はいつも機嫌が悪いんだよ、あいつ」  と言って煙に巻いた。 「それより……」 「……」  見つめ合う二人。少しの沈黙の後、宏が理恵子の前髪を見ながら 「どうしたの?髪の毛が濡れてるけど」 「あっ」  恥ずかしそうに髪を隠すようにしながら窓辺に駆けていく理恵子。 「顔が火照っちゃって我慢できなくて。だから思い切り顔洗ってきたの」  なるほど。さっきより頬の赤みが収まっているように見える。宏も理恵子の隣に並んで、 「理恵ちゃん、ありがとう」  彼女がいたことのない、けれど不器用で誠実な彼の心から自然に口を突いて出た言葉だった。 「そんな、お礼なんか……」 「いや、なんかお礼を言わなきゃ気が済まないんだ。変かも知れないけど。俺、昔から女の子に全然モテなくて。中学の卒業文集にいろんなアンケート調査が載ってて、それで今までにバレンタインデーでチョコもらったことないのクラスで二人だけっていうことが判明して。そのうちの一人が俺さ。あの時は、俺が男ってこと全否定された気分になって、ヘコんだなぁ。悲しい卒業式だったよ」 「ええ、そうなんですかぁ?」 「そう。みんな別れを惜しむ涙なのに、俺一人、いや、もう一人、誰かわかんないけど、二人だけはモテない男のせつない涙よ」 「ははは、先輩、面白い」  理恵子は声を出して笑ってから、 「でも、もてなかったわけじゃないと思いますよ」 「そうかなぁ……」 「渡したくても渡せなかった子、いたと思いますよ。先輩を好きになる人って、多分そういうタイプ」 「そうなの?……じゃあ、君もそういうタイプ?」 「私ですか? うーん、どうでしょう。お楽しみってことで」  ぱっと笑顔になって宏を見る。 「でもね……」  と、宏は外を見ながら、 「そんな俺でも恋はするんだなぁ、って。だって、電車の中で君を一目見た時から、すごく君のことが気になり出して。気がつけば君のこと探すようになってて。ケガした日なんか、用もないのに勝手に足が動いて峰が浦で降りちゃって。よほど俺は変態かストーカーじゃないかと思ったよ。でも、君が家で手当てしてくれて。あの時から、本気で君のことが好きになったんだ」
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