3 文化祭の朝

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 溢れ出る気持ちと恥ずかしさとから、宏は一気に喋った。その話を、眩しそうな目で見つめながら聞いていた理恵子は、少し真面目な表情になって、 「実は……私も気になってました。電車の中。私のこと見てましたよね?」 「えっ、気づいてたの?」 「当り前じゃないですか。わかりやすいですよ、先輩は」  と、今度はちょっといたずらっぽい顔になって言った。 「それで、あの日ですよね。先輩が転んでケガした日」 「不審者だと思ったんじゃない?」 「そんなことないです。あっ、ほんのちょっとだけ思ったかな。なんでこの人ここで降りたんだろう? 昨日は降りなかったのに。あっ、ホントは家、こっちの方なのかな? とか、いろいろ考えながら歩いてました」 「やっぱりね」  そこで二人は笑った。その後で、理恵子が少し改まった調子で言った。 「実は私、先輩のこと、もっと前から知ってたんですよ」 「えーっ、そうなの?」  宏が目を丸くして理恵子の横顔を見る。 「はい。入学式の帰りです……」  理恵子は遠くを見る目になって、 「南倉駅で電車に乗ろうとした時、ちょうど足の不自由そうなおばあさんが降りてきて。先輩、荷物持ってあげてましたよね?」 「そんなことあったっけかな?」 「覚えてないのも、先輩らしいですね。そうなんです。それで、おばあさんに付き添って階段登って……」 「ああ、思い出した!」 「そう。結局あの電車に乗れなかったでしょう?」 「うん。改札まで送っていったんだった」 「私、見てたんですよ。たまたま先輩の後ろで電車待ってたから」 「えっ、そうだったの?」 「電車に乗ってからも、ドアの所に立って、おばあさんと一緒に階段登ろうとしてるの、見送ってたんです」 「ありがとう。見守ってくれてたんだね」 「いえ、私はそんな優しくないですって」  と、照れたように笑いながら言ってから、 「優しい人なんだなぁって、ちょっと感動してたんです」 「そうだったんだ」 「はい。だから、私の方が先ですよ、好意持ったの。そしたら今度はあの日、思いっ切りコケてるし!」  と言って、本当におかしいというふうに、声を出して笑った。 「もぉ……あの時は必死だったんだからね」 「はい。わかってます。だから……」  そこでまた、視線を窓の外に向ける理恵子。 「だから?」 「私もお礼を言いたいです」 「いやいや、お礼なんか、俺は何も」 「じゃなくて、先輩がコケたことにですよ! そういう流れにしてくれた神様に!」 「ああ、参ったな」  顔を見合わせて笑い合う二人。恋はいきなり訪れるものなんだ……まだ少し濡れている理恵子の前髪を見ながら、宏はそんなことを思っていた。  八時半のチャイムが、文化祭の始まりを告げた。これから二日間、いよいよ校内は華やかさと賑やかさに包まれる。  宏と理恵子もそれぞれ、開会式の行われる中庭の自分のクラスへと散っていった。  いつの間にか、校内は多くの人々で活気に満ちてきていた。  そして、今年の文化祭も、大盛況のままに過ぎ去っていった。
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