9人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
「ところで西村先輩、家はどこですか?」
聞きながら小首を傾げる仕草が、ツボにはまる。
「あっ、家は田沢です」
「田沢ですか? じゃあお隣の駅ですよね?」
もう前から知り合いであるかのような、フレンドリーな喋り方だ。
「ええ、そうですね」
「それなら、なんで今日は峰が浦で降りたんですか?」
「あっ……と、い、いや、特には……」
いきなり切り込まれて、目が泳ぐ。理恵子は続けて、
「わざわざ峰が浦で降りたっていうことは、私に何か用がある、とか?」
「いえ、そういうわけじゃあ……」
「あ、ごめんなさい、困らせちゃって。そんなことどうでもいいですよね。こうなったのも何かの縁だし。仲良しになりませんか?」
「え、うん、それはもう、望むところです」
彼女の無防備なぐらいな積極さに、異性に対して不器用な宏の心は解かれ、同時に、表情豊かに喋る理恵子に心がぐいぐい惹かれていく。
「あの、佐久間さんは何かもう部活に入ってますか?」
思い切って質問をぶつけてみる。まだ入っていないなら、お近づきになるチャンスでもあるし、部員数も少ないわが文芸部に入って欲しいと思ったからだ。
彼女の返事は、宏の欲求を満たすものとなった。
「いいえ、まだどこにも入ってないんです。先輩は何部ですか?」
「文芸部ですよ」
「まぁ、文芸部!? 毎年文化祭で同人誌出してるっていう、あの?」
「同人誌って言えるほどの立派なものじゃあ……」
「えー素敵です。ねえ先輩、私、文芸部に入ってもいいですか?」
「えっ、ほんと?」
「ほんとです、ほんとです。いいですよね?」
「いいも悪いも。これも何かの縁、でしょう?」
「わぁ、うれしい! じゃあさっそくですけど、次の活動日はいつですか?」
積極さとフレンドリーさに、理屈抜きに惹かれていく宏。これが恋というもの? そう思いながら、
「火曜と金曜が活動日なんだ。場所は校庭の北側にある部室」
「わかりました。じゃあ来週の火曜日、絶対行きます!」
何ということだろう、こんなにトントン拍子に。夢のようだ。いや、夢でなければ幻?いやいや、ちゃんとした現実だ。その証拠に、頬をつねると痛い。
帰り道。宏はまるで自分の体が宙に浮いているかのような感覚の中、駅への道を下っていた。
(これが、恋の始まりというもの?)
期待で胸が膨らむ宏は、その夜、なかなか寝付かれなかった。その日あったこと、帰りの電車、峰が浦駅からの道、そして理恵子の言った、
『来週の火曜日、絶対行きます』
という言葉。
勉強中は、寝てはいけないと思っていてもすぐ机に突っ伏して夢の中……なのに、今夜は……。
これぞまさにケガの功名……まだ残っている膝の痛みにさえ感謝したい気持ちだった。
最初のコメントを投稿しよう!