2 彼女の家

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「ところで西村先輩、家はどこですか?」  聞きながら小首を傾げる仕草が、ツボにはまる。 「あっ、家は田沢です」 「田沢ですか? じゃあお隣の駅ですよね?」  もう前から知り合いであるかのような、フレンドリーな喋り方だ。 「ええ、そうですね」 「それなら、なんで今日は峰が浦で降りたんですか?」 「あっ……と、い、いや、特には……」  いきなり切り込まれて、目が泳ぐ。理恵子は続けて、 「わざわざ峰が浦で降りたっていうことは、私に何か用がある、とか?」 「いえ、そういうわけじゃあ……」 「あ、ごめんなさい、困らせちゃって。そんなことどうでもいいですよね。こうなったのも何かの縁だし。仲良しになりませんか?」 「え、うん、それはもう、望むところです」  彼女の無防備なぐらいな積極さに、異性に対して不器用な宏の心は解かれ、同時に、表情豊かに喋る理恵子に心がぐいぐい惹かれていく。 「あの、佐久間さんは何かもう部活に入ってますか?」  思い切って質問をぶつけてみる。まだ入っていないなら、お近づきになるチャンスでもあるし、部員数も少ないわが文芸部に入って欲しいと思ったからだ。 彼女の返事は、宏の欲求を満たすものとなった。 「いいえ、まだどこにも入ってないんです。先輩は何部ですか?」 「文芸部ですよ」 「まぁ、文芸部!? 毎年文化祭で同人誌出してるっていう、あの?」 「同人誌って言えるほどの立派なものじゃあ……」 「えー素敵です。ねえ先輩、私、文芸部に入ってもいいですか?」 「えっ、ほんと?」 「ほんとです、ほんとです。いいですよね?」 「いいも悪いも。これも何かの縁、でしょう?」 「わぁ、うれしい! じゃあさっそくですけど、次の活動日はいつですか?」  積極さとフレンドリーさに、理屈抜きに惹かれていく宏。これが恋というもの? そう思いながら、 「火曜と金曜が活動日なんだ。場所は校庭の北側にある部室」 「わかりました。じゃあ来週の火曜日、絶対行きます!」  何ということだろう、こんなにトントン拍子に。夢のようだ。いや、夢でなければ幻?いやいや、ちゃんとした現実だ。その証拠に、頬をつねると痛い。  帰り道。宏はまるで自分の体が宙に浮いているかのような感覚の中、駅への道を下っていた。 (これが、恋の始まりというもの?)  期待で胸が膨らむ宏は、その夜、なかなか寝付かれなかった。その日あったこと、帰りの電車、峰が浦駅からの道、そして理恵子の言った、 『来週の火曜日、絶対行きます』  という言葉。  勉強中は、寝てはいけないと思っていてもすぐ机に突っ伏して夢の中……なのに、今夜は……。  これぞまさにケガの功名……まだ残っている膝の痛みにさえ感謝したい気持ちだった。
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