10人が本棚に入れています
本棚に追加
「本当に?」
「はい、とっても。もうウルウルですよ」
「またまた、大げさでしょ」
「いいえ、ホントです。最後のシーンなんか、涙が止まらない止まらない。
朝っぱらから涙涸れちゃいますって」
「おだてても、何も出ないぞ!」
ちょっとおどける宏。
「おだててなんかいないです。せっかく本心から褒めたのに……もう、先輩は素直じゃないなぁ」
と口を尖らせ、視線をそらす理恵子。
「ごめんごめん。俺が悪かった」
「……」
「ごめん。気を悪くした?」
すると今度は、クスッと笑って宏を振り返り、
「うっそー。先輩ってすぐ本気にしちゃうんですね」
「あっ、先輩をからかったな」
小さく舌を出す理恵子の頭を軽く叩く。
「やったわねー」
理恵子が手を上げて、逃げる宏を追いかける。
そんなドタバタ劇が数分。さすがに疲れた二人は、その場にある椅子に座り込んで、
「疲れたぁー。何やってんですかね、私たち、朝っぱらから」
「そうだね、高校生にもなって」
自分たちのあまりに幼い行動に思わず吹き出してしまう。
「さてと、私、先輩のもうひとつの小説、読ませていただきますね」
「それじゃ、俺も」
それからしばらく、二人の心はそれぞれに部誌『みなみくらの風』に吸い込まれていき、言葉を交わさなかった。
今年の部誌『みなみくらの風』には、少ない部員たちの頑張りにより、全部で三十点ほどの作品が収められた。百ページを超えたのは戦後初めてだと、顧問のおじいさん先生も大喜びだ。
部誌を片手に満面の笑みの先生を、五人の部員が囲む写真。これを卒業アルバムの部活動紹介に載せようと、今からはしゃいでいる。来春定年を迎える先生へのはなむけになると思うと、宏も嬉しかった。
思えば、今の宏があるのも、新入生の時にこの顧問の先生が入部を勧めてくれたからだった。だからこそ、小説を書く喜びに気づけたのだし、何より今年こうして、佐久間理恵子と同じ目標を持った活動ができるのだから。
最初のコメントを投稿しよう!