3 文化祭の朝

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「本当に?」 「はい、とっても。もうウルウルですよ」 「またまた、大げさでしょ」 「いいえ、ホントです。最後のシーンなんか、涙が止まらない止まらない。 朝っぱらから涙涸れちゃいますって」 「おだてても、何も出ないぞ!」  ちょっとおどける宏。 「おだててなんかいないです。せっかく本心から褒めたのに……もう、先輩は素直じゃないなぁ」  と口を尖らせ、視線をそらす理恵子。 「ごめんごめん。俺が悪かった」 「……」 「ごめん。気を悪くした?」  すると今度は、クスッと笑って宏を振り返り、 「うっそー。先輩ってすぐ本気にしちゃうんですね」 「あっ、先輩をからかったな」  小さく舌を出す理恵子の頭を軽く叩く。 「やったわねー」  理恵子が手を上げて、逃げる宏を追いかける。  そんなドタバタ劇が数分。さすがに疲れた二人は、その場にある椅子に座り込んで、 「疲れたぁー。何やってんですかね、私たち、朝っぱらから」 「そうだね、高校生にもなって」  自分たちのあまりに幼い行動に思わず吹き出してしまう。 「さてと、私、先輩のもうひとつの小説、読ませていただきますね」 「それじゃ、俺も」  それからしばらく、二人の心はそれぞれに部誌『みなみくらの風』に吸い込まれていき、言葉を交わさなかった。  今年の部誌『みなみくらの風』には、少ない部員たちの頑張りにより、全部で三十点ほどの作品が収められた。百ページを超えたのは戦後初めてだと、顧問のおじいさん先生も大喜びだ。 部誌を片手に満面の笑みの先生を、五人の部員が囲む写真。これを卒業アルバムの部活動紹介に載せようと、今からはしゃいでいる。来春定年を迎える先生へのはなむけになると思うと、宏も嬉しかった。 思えば、今の宏があるのも、新入生の時にこの顧問の先生が入部を勧めてくれたからだった。だからこそ、小説を書く喜びに気づけたのだし、何より今年こうして、佐久間理恵子と同じ目標を持った活動ができるのだから。
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