3 文化祭の朝

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 そんなことを思いながら、宏は再び、今年の部誌のトップを飾る作品「船に寄せる恋」に目を遣った。『みなみくらの風』における理恵子のデビュー作を、もう一度読みたくなったのだ。  今度は、小さく声に出して読む。  大海原を見渡す丘の上  少女が投げる視線の先  ゆっくりと通り過ぎてゆく 一艘の船   少女が見つめていることなんて 気がつきもしない  それでも少女は幸せなのだ  来る日も来る日も、 またあくる日も  穏やかで、やさしい空気を まといながら  少女の視線の先を通り過ぎてゆく ゆくその姿を ただ眺めているだけで  少女の心は、 幸福感に満たされていくのだ         そして、この詩は最後に、    一艘の船に、あの人を思う  こう結ばれていた。 「どうだった?」  読み終えた宏に、理恵子が聞く。 「うん。すごくいい」  それが素直な感想だった。 「そう? ありがとう」  嬉しそうに言いながら、どこか夢を見るような眼差しの理恵子を、ちょっとからかうように、 「きみ、自分の詩にすっかり酔いしれてるでしょう」 「えっ? どうして?」 「顔に書いてあるよ。酔ってます、って」 「ほっといてください!」  と、理恵子は宏の二の腕を軽く叩きながら、弾かれたように椅子から立ち上がり、窓の外に目を遣った。 「それにしても、よくこんな詩が書けるね。想像力が豊かなんだなぁ」  宏も理恵子の隣に並んで、外を見ながら言う。と、理恵子は真剣な目になり、 「想像じゃないから」 「えっ?」 (想像じゃない? それじゃあ、あの人って……実際にいるの?)  硬いものでいきなり頭を殴りつけられたような衝撃を受け、一瞬目まいすら感じた。 (好きな人がいたなんて……そんな様子、全然なかったのに……)  宏は気持ちを何とか立て直しながら、理恵子の横顔を見る。気のせいか、頬がいつもより赤く染まって見える。 (あの人を思い浮かべているんだ……)  宏の胸の中は、目に見えぬ「あの人」への嫉妬でいっぱいになった。  
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