3 文化祭の朝

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 少しの間、二人は無言のまま外を眺めていた。  中庭では、間もなく始まる文化祭へ向けて、屋台や売店などの準備が進められている。  梅雨入り間近の蒸し暑さの中、十人ほどの大人たちが、テントを張ったり荷物を運んだり、忙しそうに動いている。その様子を、向こうの芝生に座って楽しそうにお喋りをしながら眺めている何組かの女子生徒たち。  そこかしこに文化祭開催間近の雰囲気が満ちてきている。  少しの沈黙の後、宏は外に目を向けたまま、 「きみ、好きな人がいるんだ……」  嫉妬心を必死に抑えながら、ゆっくりと言った。視線を落とす理恵子。 「今もその人のこと、考えていたんだね?」 「……」  伏し目がちの彼女の顔全体が赤みを増していく。 「残念だなぁ……」  空を見上げながら、わざと明るい声で言う。  そんな宏の横顔を理恵子が見つめる。それを感じながら、宏は今こそ自分の気持ちを打ち明けようと思った。 溢れそうになるこの想い。  好きな人がいると知ってしまった今、理恵子のことを好きでいる男がここにもいるのだと知ってほしい。そんな想いが、「船に寄せる恋」を読んだ今、もう抑えられなくなったのだ。  宏は、理恵子を正面から見つめ、 「理恵ちゃん、俺……」 「……?」 「俺……君が好きだ」 「えっ……」  真っ赤に染まっていく理恵子の顔に、驚きの色が広がる。しかし、大きく見開いた目は、宏の目をじっと見つめたままだ。 「嘘でしょう?」 「嘘なんか言うものか。俺、初めから、四月に初めて君を見た時から、君のことが好きになったんだ」 「……ホントですか?」 「本当だよ。神に誓ってもいい」 「先輩、私……」  どうしたらいいのか困ったように視線を泳がせていたが、急に 「ちょっとあっち見てて」  と窓の外を指差すと、反対方向にある机の方に小走りで向かった。  何だろう? ドキドキしながら視線を外に向ける宏。少しの後、 「先輩、いいわよ」  と声がした。振り返ると、理恵子はまた小走りに、今度は控室を出ていった。  宏はそれを見送ると、机の所へ歩いて行った。と、そこに一枚の紙が置かれているのが目に留まった。 (なんだろう?)  そっと拾い上げて読む。そこに書かれていた言葉に、宏は目を疑った。思ってもいない言葉が綴られていたのだ。  初め、見間違いではないかと思った。しかし、改めて読んでみても、確かにこう書かれていたのだ。 『詩の中の「あの人」は、あなたです』  宏はしばらくそのままの姿勢でいた。 (あの人が、俺……?)  まさか……。今までの人生の中で、彼女と呼べる人がいたことがなかった宏には、にわかに信じられない言葉。それが、喜びの感情となって胸の中に一気に広がっていくような感覚を、今感じていた。  その喜びが、今度は胸をキュンと締め付け、そして幸せな陶酔感へと変わっていく。 「俺は幸せものだ」  夢を見るような気持ちで、そんな言葉を呟いた。  と、その時である。 「あなたたち、仲いいのね」  背後で少女の鋭い声がした。  ビクッとして振り返ると、控室入口の所に、一人のボーイッシュな髪型の少女が立っていた。  谷村京子。  宏と同い年の文芸部員で、幼なじみでもある。
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