222人が本棚に入れています
本棚に追加
髪を撫でられている。
それはひどく優しい手つきで、春燕は夢うつつに囁いた。
「……雪?」
手が止まる。重たい瞼をこじ開けると瑞薛がこちらを見つめていた。柔らかく体を包むのは瑞薛の牀榻だ。
春燕の口元に微笑が浮かぶ。
「もうずっと前に、私は雪と再会していたのですね」
瑞薛が決まり悪げに目を逸らす。
「騙していたようになって悪かった」
「そんなこと、いいんです。ずっと会いたかった……」
春燕は腕を持ち上げる。指先が触れる前に、瑞薛がその手を握りしめ唇を寄せた。まだ本調子ではないのか、雑音に遮られたように瑞薛の心は読み取れない。
だから、春燕は直接聞くことにした。
「あれからどうなりましたか?」
「仔空は流罪、俺の呪いも問題なく解けた。怪我も春燕のおかげでかすり傷程度。その代わりに、春燕は重傷で一週間も寝込んでいた」
じろ、と春燕を睨めつけ、それから耐えきれないように大きく息を吐く。手の甲を掠める吐息がくすぐったかった。
「……二度と目覚めないかと思った」
「私はそれくらいの覚悟でしたよ」
「よせ。俺の手から妻を奪うつもりか?」
強く告げられた言葉に、春燕は目を瞬かせる。瑞薛が真剣な眼差しを春燕に注いでいた。逃げるのを許さないというように、繋がれた手に力が込められる。
鼓動がうるさくて春燕は耳を澄ました。そうしないと瑞薛の声を聞き逃してしまいそうだった。
「今すぐという話じゃない。父の後宮も解体しなければならないしな。だが俺はもう、一人しか妻を持たないと決めた」
それが誰か、異能なんか使わなくたって、瑞薛の瞳が雄弁に告げている。
息を呑む春燕に、瑞薛が甘やかに笑いかけた。
「春燕。どうか、俺と共に人生を歩んでくれ」
春燕の答えは決まっている。震えそうになる喉を押さえて、必死に頷いた。
「——はい。燕も春燕も、ずっとあなたと一緒です」
最初のコメントを投稿しよう!