山で

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☆☆☆  センセを殴った時、真っ先に思ったのは「ざまみろ」だった。  この感情は、疳の虫のせいなのか?  震災前から、異能の自分を恐れずに接してくれるセンセに、そんな感情しかないなんて。  食事の間も、みんなの楽しそうな様子にイライラが募るばかりだった。どうして俺ばかり苦しんでいるのか。だが近寄れば癪に触る。どうすればいいのか、どれが本心なのか、わからなくなった。  もう封じる呪文も効かない。仕事も出来ない。霊能力すら使えない自分に価値はない。サダカも見捨てるだろう。  真っ暗な中に、ひとり。先が見えない。  このまま消えよう。そう思った。  けど。  偶然あの場にバニラがいて。  天才先生が、センセの伝言をよこして。  幽玄は進む方向を変えた。  後に何度も、あの時誰か一人でも欠けていたらどうなってたろう、と思うことになるとは、幽玄はもちろん知らなかった。 「サダカ」 「おう」  明日も早いのに、サダカはまだ居間にいた。 「前に、宮城にすごい浄化の術の専門家がいるって話してなかったっけ?」 「青の御方のことか? ああ、オレなんか近づけないくらい強いぜ。それがどうした?」  息を吸って、吐く。 「紹介してくれないか。その人に…疳の虫を、落としてもらう」  それは、強い能力、そして母の唯一の形見を捨てる決心でもあった。
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