海で

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海で

▷ 「やあ榊君」  一会町の海水浴場沿いの道。  歩道に佇むヒョロ長い後ろ姿に、青瀬学芸員は車を停めて声をかけた。  そして霊能者・榊幽玄は、晴れた海岸にそぐわぬ淀んだ眼差しを向けた。  あの時、どうすれば良かったのか。  後々この日のことを何度も思い返すことになるとは、この時の青瀬はもちろん知らなかった。 「休職? いつまで?」 「わかんね。ゆーが落ち着くまで」  数日前の一会郷土資料館。  お化けが集まりやすいこの施設は、ほぼ毎日霊能者にチェックしてもらっているが、この日はいつも来る榊幽玄の代わりに、霊能事務所の所長・安濃サダカが来た。小柄な女性の姿をしているが、中身はお化け…らしい。 「依頼人と大喧嘩しちまってさ。こりゃいけねえって、とりあえずトマト園手伝ってもらったら、今度はウチのスタッフと喧嘩になっちまった。しゃあないから、しばらく休ませるよ」 「……そう」 「最近忙しかったし、ちょうど良いさ。『ばく』の解体も多くて…まぁその」  青瀬の表情に、安濃所長は慌てて付け足し、慌てて言葉を濁した。幽玄が荒れる原因を作ったのは、青瀬学芸員であり『ばく』であったからだ。  『ばく』。  本来は、人の不安や恐怖など負の心を所定の相手にぶつける呪いであった。  だが震災後、心から不安を取り除くためだけに作られたソレらは、呪う相手も設定せず大量生産され、依頼主の不安を吸った後は、エサが溢れる被災地に向かってきた。  原発事故で放射能不安を拗らせた青瀬学芸員も『ばく』に縋った。楽になりたくて。  そして、限界まで食った『ばく』は、榊幽玄の前で爆発した。弾けた負の感情の奔流は、ジワジワと彼と、彼の二匹の疳の虫を侵して行った。  安濃所長は、もし榊の疳の虫が暴れた時の注意を二、三伝えて帰った。
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