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☆☆
「あ」
ラクトに気がつくと幽玄は踵を返した。が。
「おっ出てきたな」
陣内が障子を開けて顔を出した。
「青瀬から伝言。『キミにくってかかった時も、僕の怒りは正しいと思ってたし、所長さんの言うことは正しかった』だってよ。アンタには意味わかるんだろ」
「……ありがとうございます」
歩き去る幽玄の背中に、白いものがふっ、と浮かんで消えた。
アレが『かんのむし』とかいうやつかな、とラクトは思った。
「おじさん」
「ん」
言いたい事がまとまらなかった。
「ごはん美味しかった」
「そりゃ何より」
「好きな服着て、美味しいご飯食べるのって、なんか…こう、広い」
「広い?」
「着たくない服って、こう、狭いとこに挟まってる感じで。でも、着たい服着て怒られないの、こう…広っ! って。
しかも食事も、何はダメとか、これは危ないとか、そういうのナシで食べたら美味しいし、しかも食べたことないの沢山あるし、具の種類変えたら同じコンソメでも味が変わるし。これ、料理どこまでって、なんか、こう…広っ! って」
ここ数日で、おじさんのことも「広い」と感じたが、それは黙ってた。天才先生と渾名される理由がわかった気がする。
「へえ」
「……笑わないでよ」
「俺も広さを満喫してんのさ」
「え?」
国語教師として、ラクトの言葉を訂正したり、ヒントを出せはした。だが、陣内はただ聞いていたかった。手持ちの語彙を駆使し日々生まれる若い表現。面白い。
だが、夜も遅いし明日は早く、ここは他人の家だ。
「明日も好きな服着て美味いモン食うなら、もう寝ないとな」
「うわー修学旅行の教師みたいー」
「教師だっての」
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