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裏ゲームで数多の男たちが彼を辱める①
小向は最強最高の相棒だ。
会社の同期で、俺とは営業の名物コンビ。
息の合った、しゃべくりと、馬鹿げた、じゃれ合いでもって、営業先やイベントで人を笑わせない日はなく、着実に自社製品の売り上げにつなげていた。
入社してから五年というもの、営業スマイル百二十パーセントシャカリキに二人三脚で、仕事に邁進していたのが、その朝、小向はギャグを交えた挨拶を返さず、うな垂れたままでいた。
髪は寝癖をつけたまま、血の気のない顔をむくませて、瞼を腫らし、目を充血させて。
満身創痍な小向とは駅で遭遇し、まだ時間もあったから、会社に行く前に、喫茶店へと連れこんだ。
で、喫茶店名物「戦う企業戦士にこの一杯」がキャッチコピーの野菜ジュースを二人分、頼んで、事情を聞いた。
なんと、大学生のころから交際しつづけ、同棲していた彼女に、別れを告げられたそうな。
一晩中、泣き腫らした小向はもちろんだが、俺もショックを受けた。
だって、二日前には「そろそろ、けじめをつけようと思って」と婚約指輪を買いにいったのに、同行したのだから。
理由が気になったとはいえ「親しい仲にも礼儀あり」と弁え「そうか」と返し「今日くらい、会社を休んだらどうだ?」と助言だけをした。
首を振って小向曰く「家でじっとしているほうが、耐えられない」と。
ただ、指先まで、身なりに気を配るのが鉄則の営業職にあって、小向の惨状は完全アウト。
なので、俺が課長にかけ合い、事務仕事の手伝いに回してもらった。
昼食時には「たまには、違う部署で働くのもいいな」と笑みを見せたからに、ほっとして、その日はどうにか、やり過ごせた。
かといって、すぐには復調できるわけなく、気長に寄りそって見守ろうと見込んでいたのが、翌日、出社途中に小向から「インフルエンザにかかったから、しばらく休むことになる」と連絡が。
すかさず「大丈夫か?家に行こうか?」と送れば、これまた間髪入れないよう「彼女とは、まだ同居いているから、大丈夫」と返ってきて。
その返事を読んで、しばし指を止めたなら「分かった。会社のほうは任せろ」と打ち、ため息をつきつつ、スマホをポケットにしまった。
意外にも、五年もつきあいがある、最強最高な相棒の、家にお邪魔したことはないし、彼女と体面もしたこともない。
これといって理由はなく、なんとなしに俺が気兼ねだったのだが、小向も思うところがあってか、家に誘い、彼女に会わせようとしなかったもので。
「看病して、看病されて、よりをもどすのか」と思いかけて、頭を振った。そうして気を取り直してからは、看病は彼女に任せ、俺のほうは、会社の模様や仕事の進捗を知らせたり「茶柱が三本も!」「カラスの糞にやられた!」など他愛もない報告をしたり、励ましつづけた。
が、三日経って、小向の返信頻度が減ってきたのに、どうも胸騒ぎがして、居ても立ってもいられなくなり、昼食前に事務の部所に顔をだした。
呼びだしたのは、二歳下の後輩、遠藤。小向のゲーム仲間だ。
小向は、かなりのゲームオタクだが、俺は門外漢。
とあって、三人で会ったことがなければ、俺と遠藤との交流もなく、小向から、たまに話を聞くくらいしか、知らなかった。
遠藤のほうも、俺への認識は似たようなものだろう。
俺を一目見て、目を丸くしながら、でも、さほど驚かず「小向さんのことですね」と察してくれた。
昼食を共にしつつ「なにか小向から聞いているのか」と問うと「いえ」と目を逸らしたものを「ただ、根拠はないけど、引っかかることがあって」と語りだして。
小向が彼女と別れる三日前、花の金曜日に、共に酒を酌み交わし、ゲーム談議に花を咲かせたという。
そのとき、話題になったのが、PCゲームの「シンドローム」。
十八禁の男と男の恋愛ノベルティゲームだとか。
精神病棟を舞台に、プレイヤーは医師になって、シンドローム、いわば、症候群が見られる患者とやり取りをしていく。
医師として、治療を通し健全に心を通わせることもできるし、患者のシンドロームの症状に振りまわされ、精神崩壊して肉欲に溺れることもある。
ゲームの内容自体、依存性が高そうだが、さらに厄介なことには、患者の種類、ストーリーの分岐や、エンディングのパターンが、日々、どしどし追加されているらしい。
おかげで、はまってしまった人は、際限なく課金してゲームをやりつづけるという、現実でも正気を失いがち。
プレイヤーもまた症候群のようになって、ゲーム地獄に飲みこまれ、中々、抜けだせないことから「エンドレス・シンドローム」と称されているそう。
とはいえ、異名を持つ、その理由は表向きのもの。
真にプレイヤーを症候群に陥らせるゲームの特性は別にある、との噂。
ゲームにはプレイヤーだけでなく、「オーディエンス」としても参加できる。
プレイヤーのゲーム進行を覗くことができ、且つ、三つの選択肢を決めることができるのだ。
たとえば、診察室で患者が「先生、僕、おっぱいができたみたいで」と告げたとする。
実際は胸は膨らんでなく、患者の症候群による妄想。
どう対応するか、選択肢がだされるものを、それはオーディエンスが提示した三つ。
どれを選ぶかはプレイヤー次第とはいえ、「こうしてほしい」とのオーディエンスの望みが反映されるわけだ。
「いってしまえば、擬似セックスですね。
胸を揉まれたい人は『胸を触診する』。
マゾの人は『男のくせにと軽蔑する』とプレイヤーにおねだりするわけです。
たとえ、自分の望みどおり、選択してくれなくても『もう、いけず』『意地悪なんだから』って焦らされるのも悪くない。
プレイヤーも、大勢のオーディエンスに『抱いて』と請われたり、『犯してやる』と迫られるのが、ぞくぞくするそうですよ。
エッチなゲームプレイを、覗き、覗かれるだけでも、興奮するのだとか」
ただでさえ門外漢なのが、同性の擬似セックス的ゲームと聞かされて、すぐには飲みこめなかったものを「き、規制とか大丈夫なのか」ととりあえず、質問をする。
肩をすくめて応じるには「そこが、このゲームの怖いところで」と。
「このゲームは販売されていないし、ネットで公開もされていない。
ある日、男性限定に、所有のパソコンにインストールされるらしいとの噂です。
ウィルスみたいなものですね」
「ますます犯罪臭いじゃないか!」と悲鳴をあげるように訴えるも「あえて鬱になりたくて、ゲームする人もいますし」とにやりとされる。
が、「といっても、俺は手をだしませんけど」と真顔になったのに、俺ははっとして「なに、小向がそのゲームをしているっていうのか」とやっと、本筋に切りこんだ。
答えはノー。
小向のパソコンにインストールされたと、聞いてもいないという。
「じゃあ、何に引っかかっているんだ?」と首をひねれば「それは・・・」とそれまで能弁だったのが、歯切れが悪くなり。
「小向さんは根っからのゲーマーながら、自己管理を怠らなかった。
絶対に生活や仕事に支障がでないようにしていたんです。
そのことは、コンビで仕事するあたなも実感していると思います。
それだけ律儀な人が、ゲームに狂うとしたら、発禁ものレベルの『シンドローム』しかないのではないかと。
『シンドローム』は、まさに小向さんのような、自己管理徹底型のゲーマーほど、堕ちてしまうと、まことしやかに噂されていましたから。
彼女と別れたなら、尚更・・・」
そうあってほしくないと、願望もあって「いや、にしたって、根拠が乏しすぎるだろ」とぎこちなく、笑ってみせるも、無言で遠藤はうつむいた。
「やめろ、不安にさせるな」との願いも虚しく、教えられたもので。
「小向さんとは、大学が一緒で、そのときからの付き合いです。
だから、彼女のことも、ラブラブだったのも知っている。
それが、就職してから、彼女との関係がぎくしゃくしだした。
『シンドローム』で盛り上がっていた、酒の席でも、愚痴っていたんです。
『仕事の同僚を誉めてばっかりで、馬鹿みたい』って、よく彼女に怒られるんだと」
俺を見つめて「仕事の同僚」と口にしたのに、ぎくりとする。
「な、でも、俺と小向は」と抗弁しようとしたら「分かってます」と一言で遮られた。
「小向さんも、彼女が嫉妬しているとは、考えなかった。
ずるずると交際しているのに、業を煮やしていると、見たようです。
いい加減、腹を決めると。
明日、婚約指輪を買いに行くと、宣言していました」
一呼吸置いて、告げたことには「あなたに同行してもらって、ね」と。
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