芸人は彼を殺したくて愛する②

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芸人は彼を殺したくて愛する②

今日も今日とて、一日遅れで「お笑い特訓合宿参加希望」の書類を持ってきた。 急ぎを要するものでないから、書類を受け取ったなり、いつものように「蘭丸、お前なあ」と苦言を呈さず、「え、合宿参加するのか」と目を丸くして、まじまじと見つめた。 財前も蘭丸も、そこらの売れない芸人より、立派に仕事をしているものの、一応、まだ養成所の見習いであり、レッスンもつづけていた。 仕事の合間を縫って、なるべく養成所に顔をだし、辞めようともしない。 二人は、その点、同じくらい、お笑いに真摯に向き合っているとはいえ、合宿に参加する必要性があるとは思えなかった。 なにせ、合宿の中身は、走りこみや筋トレといった体力づくり、また座禅や滝行など精神鍛錬がほぼ占めて、一切、お笑い的なことをしないのだから。 腕立て伏せをして、滝に打たれるくらいなら、仕事で経験を積み、コネを作ったほうがいいのでは? と、目で訴えたところ、「いや、すこし、世間から放れたいんだ」と頭をかいて、苦笑した。 「なに、仕事で嫌なことでもあったの」と心配すれば、首を振られ「周りの顔色を窺ってしまう自分が、いけないと思って」と。 「僕は人から嫌われることが、できないんだ」 「え」と声を上げる間もなく、カウンターに手が叩きつけられた。 肩を跳ねつつ、見やれば、蘭丸の背後に財前が佇み、後ろから書類の上に書類を乗せたらしい。 すこし遅れて、蘭丸が振りかえると、頭突きしんばかりにつめ寄り、舌打ちをした。 「殺してやりたい」 殺人予告をしたと思いきや、とたんに顔を反らし、その勢いのまま背を向け去っていった。 事務室には、俺らしか居なかったこともあり、二人して長く呆けていたけど、ふと「殺してやりたい、か」と呟かれて。 激昂するでなく、怯えるでもなく、微かに笑ったような。 さらに思いがけないことに「僕は財前といると、死にたくなる」とも。 「堂々と、人に嫌われたことをできるんだもんな。 僕は人に嫌われたら、死ぬように思ってしまう」 「結局、顔と好感度」「媚を売るのが上手いだけ」「いい人なんてつまらない」と妬みありきの陰口を、割と気にしているらしい。 普段、ほとんど後ろ向きな発言をしない蘭丸の、弱音のようなものを初めて聞き、眉尻を下げ笑いかけられたら、たまらなくなって「それの何が悪い!」と手を握りしめた。 「嫌われないように、気を使って、優しくされたほうが、相手だっていいはずだ! すくなくとも、俺は嫌われない努力をするお前が好きだ!」 熱弁するも、寂しげに笑うものだから「ほんとに好きなんだ!」と抱きしめる。 衝動的で勢い任せだったから、つい、足の間に膝を入れてしまった 。抱きしめたまま「蘭丸、好きだ!」と廊下のほうへ叫ぶと、体の揺れが股間に伝わったようで「ん」とほんの喘ぎが漏れる。 ぎくりとしつつ、引き剥がそうとせず、生唾を飲み込んだなら、耳に口を寄せ「蘭丸、好き」と囁き、すりすりと足で股間を揺すった。 同性とはいえ、セクハラというか、強姦一歩手前な性急な行為に、抗うどころか、「はあっ・・・」と安堵したように熱い吐息をして、背中に手を回してくる蘭丸。 足を揺すりつつ、耳をしゃぶれば「ふあ、ああ、あ、あん」ととめどなく、高く鳴いて、自ら足に擦りつけてくる。 俺のが固くなって、太ももの内に当たると、尚のこと、腰を揺らめかして。 あんあん抱きついて、腰をかくかくとし、早くも漏らして、くちゅくちゅと音を立てる。 おまけに「好き、って、もっとお・・・」と頬ずりして強請ってきたから、もっと忙しく股間を揺すりながら「好き」「蘭丸が好き」「すげえ好き」「好きだよ蘭丸」と途切れなく囁いた。 「は、ああ、ん、も、もう・・・!」と背中に爪を立てたのに、やや足の揺さぶりを緩め、肩をつかんで放し、あらためて向き合った。 目を見張って、顔を伏せようとしたのを「蘭丸」と低い声で呼びかける。 人に嫌われないためか、ただでさえ端正な顔の、整ったさまを保とうとし、ほんの歪みも力みも皺も見せないで、口角を上げつづけている。 のが、見る影もなく、薄く口を開けっぱなしに、涎を垂らし、酔っ払ったように、虚ろな目をして、みっともないざま。 ぼろがでたような、剥きだしの表情に、でも、いつもの取澄ましたのより、胸焦がれるように惹かれた。 「は、あ、ああ、あん、ふ、ああ、あ、あ」と涙目を揺らめかしながら、喘ぐのを目の当たりにしたなら、堪えきれなくなり、告げた。 「愛している」 俺より、どすが利いた声。 「あれ?」と違和感を覚えたところで、気がつけば、俺は蘭丸の背後に立っていて、抱きしめる財前が、イかせるまで見ていて。 なんて夢を見た。 事務室で蘭丸と財前が鉢合わせたのは本当。 「殺したい」との捨て台詞に「死にたい」と肩を落とした蘭丸を励ましたものの、抱きしめて事に及ぶことなかった。はず。 田舎者同士の仲間意識もあって、他の人より容姿に惑わされないでいたつもりが、「俺、あいつで抜けるわ」とずりネタにする下劣な奴と、俺と変わりはなかったというのか。 と、ショックを受けつつ、正夢にさせまいと心に決めたのだけど、関連があるような、ないような事態が起こって。 「殺したい」と予告したとおり、財前が手をかけようとした。 ただ、蘭丸を刺したのは、同期の女芸人。 「嫌われたくないと思うのは、悪いことではない」と擁護したとはいえ、実際、蘭丸は恋愛関連でトラブルを起こしやすかった。 「嫌われたくない」せいか、気を持たせる、ふるまいをするので、相手が勘違いをして、空回りをしたり、暴走したりするのだ。 女芸人もその一人で、すっかり蘭丸と交際しているものと思い込み、他の女芸人と笑いあっているのを見るや否や「浮気者!」と果物ナイフで刺したらしい。 小さいナイフの、狙いを定めない一刺しだったので、軽症で済んだものの、ただでは済まさなかったのが、財前だ。 楽屋近くの廊下にいた財前は、騒ぎを聞きつけ、一番乗りに室内に踏みこんだ。 で、一目で状況を察し、他の人が駆けつける前に、女芸人を殴り倒し、馬乗りになって首を絞めたという。 結局のところ、刺された蘭丸より、加害者の女芸人のほうが、重症を負ったとか。 「でも、なんで、あんなに蘭丸を目の仇にしてた財前が?」と芸人たちが揃いも揃って首を捻るのを、あの夢を見た俺は、冷めた目で見たもので。 口にはしなかったけど、胸の内で応じてやった。 「殺したいほど、愛しているからだよ」と。
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