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ブラック工場とインド映画と俺のちっぱい①
「新人だ。使えるようにしろ」と紹介されたのは、マッチョで色黒で、顔立ちと髭が濃い、東南アジア系の若い男だった。
インド映画で主役を張りそうな、華やかな雰囲気がありつつ、生い茂る髪と眉と髭から覗かせる瞳は、犬っころのように、くりくりウルウルしている。
町から車で二時間かかる山奥の工場に「ドナドナと連行されるタイプに見えないな」と寝不足で開ききらない目を眇めた。
工場の作業員はほとんど、俺のように、暗い顔をして体は骨と皮だけのゾンビのようだし、なんなら、工場に訪れる前から、割と目が死んでいる。
「ヨロシク!マイラバ―!」
「米原な」
すかさず訂正するも「マイラバ―?」とまるで改めなさそう。
と、早々諦めたものを、ノーネクタイの背広男は「おいこら、一応、敬語使え。一応、班長なんだから」といっそ嫌味に注意をする。
「ケーゴ?ワカンナイ」
ナめた口を利いたものだが、背広男は怒るより、鬱陶しくなったらしく「使えるようにしろよ」と釘を刺して、去っていった。
「ナンダヨー」と口を尖らせるインド映画(後々のあだ名)に「ほら、いこう」と顎をしゃくって歩きだす。
「オレ、コレカラドウナルノ?」
「働いて借金を返すんだよ」と応じつつ、横目に見上げて「お前こそ、どうしてこんなとこに?」と問い返す。
「ア、聞イテクレル?オレ、侍、憧レテ、ナリタクテ日本キタノ!
デモ、侍、モウ、イナクテ、侍ナリタイナラ、舞台ニ立ツシカナイテ、教エテモラタ!デ、劇団入ッタケド、全然、舞台立タセテクレナクテ、バイトモ長ツヅキシシナイシ、借金増エルシ、モウ、ドウニモナラナクナッテ、逃ゲヨウトシタラ、捕マッタノ!」
幼児並に屈託なく語るものだから「その割には、肉つきがいいな」と呆れれば「日本人、優シイ!オ腹減ッタッテ泣ケバ、イチコロ!」と馬鹿っぽく見せかけ、ずる賢くもあるらしい。
快活さや事情からして、やはり、この工場にいないタイプで、どこか掴みどころがなく「ふふふ」となにが可笑しいのやら、両手で口を覆い、肩を揺らしだす。
「なに」と眉をしかめても、両手を取っぱらって、尚もにんまり。
「ダッテ、ココニクルマデ、誰モ俺ノ話、チャント聞イテクレナカッタカラ!
ウルサイト電撃、食ラワスゾッテ、怒鳴ラレテ、怖カッタシ。
ダカラ」
「ダイスキダヨ!マイラバ―!」と抱きつかれた。
熱い抱擁というよりは、体格差があるから、自分がぬいぐるみになって抱きしめられたよう。
そりゃあ、驚いたものを「電撃」と口にしたのが、やや引っかたもので。
インド映画のイメージ通り、体毛も濃いようで、Tシャツ越しに、もさもさとした感触がする。
俺の二倍もありそうな太さの腕で、絞めつけられては身動きがとれず、抵抗したら、色々と砕かれそうだったから、無気力に抱かれたまま「さっきの質問の答えだが」と告げた。
「この工場は二十四時間。動いている。
勤務時間、十八時間のシフトで回しているから。皆、俺もお前も、例外はない。
だから、共同部屋で休むときは、さっさとご飯を食べて、できるだけ長く寝て、小休憩の時も、仮眠を忘れず・・・」
割と説明がすすんだところで、俺の肩を持って、引き剥がし「ハ!?」と頓狂な声を上げた。
「ブラックジャン!」と叫ぶのに、「強面の男なんかに借金しといて今更」とため息を吐けば「言イ方!オレ、無知デ可哀想ナ外国人ナノニ!ヒドイ!ロクデナシ!」と俺の額に、涙の雨を降らしてきて。
「ダイキライダヨ、マイラバ―!」
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