6人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
ブラック工場とインド映画と俺のちっぱい②
インド映画は使い物にならなかった。
流れ作業の、初歩的な割り当てでも、ミスをするは、「早スギルヨー!」と手が追いつかないは、「モー立ッテラレナイ!」と駄々をこねるはで、たびたび、ベルトコンベアを止めていた。
文句なしのお荷物だったとはいえ、お目付け役があまり、作業場にこないこと、もともと、疲労困憊の作業員が苛立つキャパもないことで、案外、迫害されなかった。
毛深いマッチョ、でも、チワワなお目目のギャップに、なんだかんだ、皆、弱かったのだろうし、インド映画がみっともなく床をのた打つのを見て、自分が不平不満を漏らせない分を、多少、消化していたのかもしれない。
仕事を置いといて、とにかく、人間関係で困ることはなかった。
「甘え上手」を自認する人懐こさでもって、背広組以外は、誰にでも親しげに接したもので。
そして、俺に対しては、相変わらず「米原」ではなく「マイラバ―」呼ばわり。
「ほらほら、皆、困ってるから」と宥めて、持ち場に戻らせようとすれば「ダイキライダヨ、マイラバ―!」と泣くし、物欲しそうに見てたから、弁当のからあげを一つ恵んでやったら「ダイスキダヨ、マイラバ―!」とやっぱ泣いて、食べるし。
いちいち「ダイキライ」「ダイスキ」と騒ぎたてるあたり、俺相手には、とくに調子がいいと思う。
ナめられているのか。
なににしろ、毛深いマッチョのくせに、中身は癇癪を起しやすい幼児だから「使えるようにしろ」と任された俺の心労は絶えなかった。
寝不足、栄養不足、血液不足、筋肉不足、脳みそ不足なのは、ずたぼろの班員と変わらず、その上でインド映画に翻弄されると倒れそう。
班長とは名ばかりに、なんなら、誰より奴隷かもしれないのだ。
上からは天文学的な数値のノルマを押しつけられ、半ば屍のような班員からは突き上げられずとも、死なないよう目をかけ、なにかと調整しなければならず、自ら穴埋めもするのだから。
といって、倒れたら「厄介になりたくない病院」に連れていかれるとあって、どんなに負担が圧しかかっても踏ん張っていたのだが、自分では、どうしようもならないことがある。
ノルマの達成だ。
天文学的な数値のノルマは、嫌がらせと発破をかけるためだから、いいとして、問題は実質的なもの。
工場長室に呼びだされた俺は、いつものように「生きる価値もない糞野郎どもに恩情かけてやるよ」と鼻で笑われるのではなく「ああ?お前、ふざけんてんのか?」と本領発揮に凄まれた。
そりゃあ、インド映画が幾度、ベルトコンベアを止めたものやら。
おかげで、ほんのすこし、作業員の心身が休まったとはいえ、当たり前に、その分、製造量は落ちる。
逆に、質は向上したが、ブラック企業なんて目ではない、奴隷監獄の工場にあって、言い訳は通用しない。
「すみません」と頭を下げたまま、尚も、されるだろう叱責にかまえたものを「まあ、原因ははっきりしているけどな」と思いがけず、口調が和らいだ。
「あのインド映画だろ。
ろくに仕事できねえは、そのくせ、食いっぷりだけは一端だは。
きたときと変わらず、マッチョで肌艶がいいときたもんで、ほんと、ふざけたヤローだ」
「体が頑健そうなら、いっそ」と口にしかけたのを「来月は!」と遮る。
「来月には、あの無駄にいい肉体に見合った働きをさせます!
今月分足りなかったのを、補うので・・・!」
頭を上げずに、ちらりと見やれば、頬杖をついて無表情。
こちらが焦り慌てて懇談するとき、たいていは、ご満悦そうに、にやついている彼が、冷ややかに見返すばかり。
興ざめしているようで、そうでもないような。
どこか違和感がある反応に、気を取られる暇もなく、広げた足の間を、ぽんぽんと叩かれた。
顎を反らし、にやにやしだしたのに「いつも通りだ」と思いつつ、足取り重く、ソファに歩み寄る。
手前で、結んである髪を下ろしてから、足に挟まれる形で座った。
「ふ」と鼻息を吹いた彼は、脇の下から手を通して、俺のカッターシャツのボタンを外していく。
露になったのは、ちっぱいだ。
噂では、彼は権力抗争に負け、一命をとりとめたものを、この奴隷監獄に島流しされたらしい。
俺たちほど忙しくないとはいえ、監視管理役の人員が少ないこと、町まで車で二時間かかることで、俺たち同様、この工場にほぼ、つきっきりでいる。
ともなれば、お盛んなほうらしい彼は、女体に飢える。
かといって、工場に女を連れてこれない。
山奥の男だらけの監獄のような環境にあって、女はトラブルの元になるから。
トラブルをきっかけに、法律違反だらけの工場を、お国の機関に嗅ぎつけられる危険もあるし。
で、彼が思いついたのが、作業員の一人の胸を膨らませ、女の代わりをさせるというもの。
女顔でもなく、言動や仕草も、とくに女らしいでもない、平均的な男の俺が選ばれたのは、女性ホルモンを摂取する薬(通称バストアップサプリメント)を飲まされた五人中、唯一、胸が膨らんだからと、短小だからだ。
なるべく相手が女と錯覚して、性処理をしたいから、こちらのちんこは触らないし、アナルにも手をつけない。
はじめに胸を揉み、さらに(バストアップ)クリームを塗って、念入りに揉みこんでから、素股をする。
女と錯覚しやすいよう、髪を伸ばすこと、最中は、決して声を漏らさぬことを、厳命されている。
女に錯覚しようと、集中するからか、彼も口を利かない。
はずが、今日は胸を揉みはじめて、すこしして、髪に口を潜りこませ「お前、ほんと、健気だな」と耳の後ろから囁いてきた。
「こんなところにいちゃあ、自分の身を守るのが精一杯で、そのために人を売ったり、踏みにじったりするのだって、当たり前にすんのに。
自分の班の奴が病院送りにされないよう、こうやって、ちっぱい捧げてんだからな」
独裁者といっていい彼に、サプリメント漬けおっぱいを差しだしたくらいで、勤務時間が減るとか、食事が豪勢になるとか、薄っぺらい布団の厚みが増すとか、優遇されることはない。
いくらでも、ノルマにいちゃもんをつけられるのを、ご機嫌取りして、思いとどまらせるくらい。
所詮、性処理と苛めの延長でしかないのが、今日はどうしたのか。
どこかムードを醸して、耳の裏に熱く吐息しつつ、低く囁いてくる。
サプリメントの副作用で、性欲が薄れ、胸を揉まれても、ほぼ無感覚なのはいいとして、耳はよろしくない。
どうも耳が弱いらしい俺は、前に噛まれたとき、声を漏らしてしまった。
次の瞬間、「鼓膜が腐る!」と殴られて、以降は、決して触れようとしなかったはずが。
「他の班は、病院送りにされてんのに、お前んとこは、お前が班長になってからゼロか。
そのくせ、班の奴やらは、お前をありたがらないし、恩を覚えて、敬ってもくれねえし、可哀想に。
インド映画なんか、足手まといだけじゃなく、借金した理由、聞いたら、庇いたくなくなるぞ?」
耳の縁に、舌の先が当たって、肩を跳ねつつ、唇を噛む。
「あいつは、さぞ、右も左も知らないで騙された、哀れな外国人ぶっているけどな」とつづけ、舌を当ててくるは、胸も揉みこんでくるはで、死に物狂いで声を抑えながらも、下が反応しそうになる。
行き場のない熱と快感を持て余し、話半ばに聞いていたのが、「おっぱいパブだよ」と囁かれ、目を見開いた。
最初のコメントを投稿しよう!