芸人は彼を殺したくて愛する①

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芸人は彼を殺したくて愛する①

今年も多くの、むこうみずな夢を見る若者が、お笑い養成所に入所をした。 半年が経ち、早くも頭角をあらわしだしたのは、「ハンコツ」の財前、「たらし」の蘭丸。 入所したときから、ずば抜けて存在感があり、芸人としての才覚もあったらしく、一年経たないうちに、ライブに呼ばれたり、深夜ながら、テレビ出演をしていた。 「ハンコツ」は舞台に引っ張りだこで、財前単体では深夜番組出演。 「たらし」はテレビのほうで漫才をし、蘭丸単体であらゆるバラエティ番組に出演、ファッション紙などジャンル外の仕事をすることが多い。 仕事の類が違うのから分かるとおり、「ハンコツ」「たらし」はどちらも漫才を主軸いしながらも、芸風は対照的だ。 「ハンコツ」の漫才は、ボケの財前が容姿端麗を売りにしている有名人を、とことんディスるというもの。 「謙遜するふりして傲慢」「整形しすぎて表情筋死亡」などなど。 実名を口にしないとはいえ、特徴や経歴、出演作など、ヒントがちりばめられているから、丸分かり。 所々「じゃあ、あの人は?」とツッコミが口を挟み、財前が口をつぐんだり「いや、あの人はいい人だ」と、「じゃないほうの人」を冷やかして、笑いを取っているとはいえ、根本は容姿端麗至上主義への痛罵。 芸能界に中指をおっ立てるような芸風だけに、叩かれたり炎上したり、ライブハウスを追いだされたりしつつ、出演ライブに人が押しよせたり、深夜のマニアックな番組に隔週呼ばれたり、一部の人から高い支持を受けていた。 というのも、容姿をけなすにしろ、お笑いにありがちに「ブス」「ブサイク」と囃したてないからだろう。 「国宝級イケメン」「国民的美少女」といった崇められるような人を逆差別するとなれば、目新しく、肝が据わっていると評されもする。 何より、顔に青痣がある財前が歯に衣着せず、こき下ろすからこそ、胸がすくのだ。 財前の顔の青痣は生まれつきだそう。 今の時代、化粧で隠せるし、金をかければ、整形で消すことだってできる。 のを、「青痣を馬鹿にして笑う奴や世間が悪いのに、どうして俺が気兼ねしなきゃいけねえんだ」と、まさに「ハンコツ」の由来、反骨精神を胸に生きてきて、今の芸風に反映させているらしい。 そう、そんな財前にとっての天敵が「たらし」の蘭丸だった。 会う人会う人「どうして芸人なんかに?」と問わないことがないほどの美青年。 中性的で、かといってオネエっぽくなく、男らしい一面もありつつ、物腰が柔らかく愛想がいいとあって、老若男女、誰をも見惚れさせていた。 「ハンコツ」が反権力的なのに対し、「たらし」は「人を傷つけない漫才」と時代にあった芸風。 どれだけツッコミが世を憂い、社会を糾弾しても、根気強く「まあまあ」と落ちつかせ、穏便に済ませようとする。 たとえば「あのバイト先の店長!嫌がらせに、大量の仕事、押しつけやがって!」と喚いたとする。 隣で蘭丸はにこやかに「大変だったな」と肯いてみせ「きっと、店長は、君の能力ならできると見込んだんだよ」と肩を叩く。 「んなわけあるか!あのときの、店長のそっけなさといったら!」とさらに声を張りあげたところで、笑みを崩さずに「人に物を頼むのが苦手なのかもしれない。その点、君は親しみやすくて、声をかけやすいから」。 なんて具合に宥めつつ、相方の長所をあげて、さりげなく誉めていき、最終的には「そっか!俺ほど仕事ができる人間なら、店長くらい、大目に見てやらねえとな!」とご機嫌にさせ、丸めこんでしまう。 蘭丸の性質を活かした芸とあって、普段から、並外れた平和主義。 「顔がいい奴が芸人になるのは、お笑いの冒涜だ」「さっさと辞めてアイドルにでもなれ」と財前に唾を吐かれても、眉尻を下げて笑うだけで、噛みつき返さなかった。 百二十パーセントの好感度を利用し、人に助けを求めなければ、悪評を広め、貶めようともしない。 おかげで、一方的に財前が虐げているように見え、同期の芸人やファンが代わりに怒ったりするけど、財前に支持者がいるように、蘭丸を支持しない人もいる。 「八方美人すぎて胡散臭い」「財前に罵らせて、へらへらして情けない」と辛口に評されていて、案外、財前派と蘭丸派の支持率は拮抗をしている。 まあ、二人とも、まだ養成所にいながら、次世代を担っていく若手芸人なのには違いなかった。 と、俯瞰的に語る俺は、二人と同い年で養成所に身を置きつつ、芸人ではない。 彼らが入所したのと時同じくして、就職をした事務員だ。 家が裕福でなく、まだ幼い弟二人と妹がいるとあり、高卒で社会人となった。 親戚の紹介で決めた就職先だから、とくにお笑い好きでも、社交的でもなく、まだ一年も経っていないとなれば、芸人と親しくはなれず、なんなら、見下されている。 「お前らより、稼いでいるし、家族を養っているんだぞ」とひそかに歯軋りしつつ、ナめた口を叩く芸人どもの相手をしていたのだが、一人だけ、蘭丸とだけは、親交を深めていた。 二人とも都民でありつつ、県境付近出身の田舎者同士。 俺の親戚が経営する、郷土料理の店ででくわしたことで、意気投合したわけだ。 一方で、財前とは仕事上、接することがあるだけ。 芸風が荒っぽいとはいえ、(まあ、俺の顔は人並だし)訳もなく、つっかかってくることはなく、無愛想でも、まともに受け答えをする。 案外、提出期限など決まりを守り、説明を一度で飲みこみ、分からないことは、すぐに質問をして、文句なしの形で書類を提出した。 その点、蘭丸はルーズだ。 催促しないと、放ったらかしで、説明をろくに聞かず、提出したとして、書き間違いや、判子やサインの欠如など不備だらけで、突っ返す羽目になる。 「分からないところがあれば、聞いてくれればいいから」と告げても「忙しそうだから」「こんなことで時間を取らせては」と訳の分からない遠慮をして、独断に物事を進めるのも、いけないところ。 それでも「いつも、迷惑かけてごめんね」と絶世の美男に小首をかしげ、笑いかけられれば、鼻の下を伸ばして「しかたないな」とため息を吐くしかなく。 まあ、心の隅では「こうやって、いつも、人に許してもらっているんだろうな」と引っかかるものを覚えないでなかったけど
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