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29.第三王子side
ある年齢に達すると、僕は母の実家である伯爵領に移り住んだ。
名目は当然「長期療養のため」だったが、その頃にはほとんど風邪を引くことのない元気な体になっていたが、誰もそれに気付いてはいなかった。母は「窮屈な王宮から出られるのなら」とすんなり許してくれた。恐らくだけど、その頃には僕を実家の跡取りに据える予定だったのだろう。伯爵領に着いてすぐに裏稼業のあれこれをたたき込まれたし、それと並行して護身術や弓の稽古もするようになった。そして状況把握のための勉強が始まった。
それがロクサーヌ王国への留学だった――――
名前も年齢も偽った留学生活は思いのほか楽しかった。
もっとも、ロクサーヌ王国が崩壊するとは予想外だったけども。
アレには流石に驚いた。まさか国が滅ぶなどとは予想していなかった。予想しろという方が無茶だろう。
しかも、予想外の出来事はそれだけに留まらなかった。
『ロクサーヌ王国のヴァレリー公爵令嬢』が、『アーリャナシル帝国のヴァレリー公爵令嬢』として再び表舞台に現れたのだから驚くなという方が無理だ。
その時僕は、フッと腑に落ちた。
ああ、もしかしたらロクサーヌ王国を滅ぼしたのは彼女だったのではないか、と。
表向き父君のヴァレリー公爵が解体作業をしただけで、裏では彼女が父君に囁いたのではないか、と。
憶測に過ぎないが、それが一番正解に近い答えだろう。
となると、今回の事も彼女にはバレている可能性が高い。
いや、十中八九バレている筈だ。
そしてそれを「良し」としている節さえあった。
諸々の事を含めてアクア王国は帝国に生殺与奪の権利を握られていると云って良いだろう。
しかし、それがアクア王国を救う唯一の手だった事も確かなのだ。この国の未来は暗い。その事に気付いている者は極少数だ。最悪の事態が起こったとしても、帝国がアクア王国の復興に力を尽くす筈がない。
いや――それは少し語弊があるか。
だがそれに近い事も事実だ。
帝国の庇護下に入ることは出来た。
『準保護国』というが、実際は『属国』だ。もはやこの国は独立を維持できないところまで来てしまった。帝国もその事を分っている。そして何よりも問題なのはアクア王国の者達がそれを理解していないことだ。国民なら兎も角、国政に携わる大臣たちですら「どうにかなる」と楽観的だ。もうそんな段階ではない!水の国が、その水によって滅びようとしている事に何故気が付かない!! このままでは最悪が本当の最悪になる!
こういう時、希望というか、未来が明るいという象徴がいる。
僕としてはその希望の象徴に長兄とマデリーン嬢に担って欲しかった。多分、父上も同じ考えだったろう。あの人は長兄を溺愛しているからな。だけど、その二人の相性が最悪だった。いや、長兄が悪いわけじゃない。まあ、浮気は悪いが……。
そもそも長兄の性格が風変りというか……ズレているのは家族の間では周知の事実なのだ。
マデリーン嬢も『何かと損をする性格』だ。
そうは見えないが要領が悪かった。器用に見えても不器用で、それ以上に優し過ぎた。
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