混沌

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混沌

「やめてよぉ! ぼく昨日から何も食べてないんだから!」  スラムの路地を走っていたら、悲痛な声が聞こえてきた。ロビーは反射的に物陰に隠れ、あたりの様子をうかがう。友達のニニムがすぐそこで、乱暴者のジェイにからまれていた。 (うわぁ……)  危うく、現場に出くわしてしまうところだった。ロビーは足音を立てないように気をつけて、来た道をそっと引き返した。 「やめて! 返して!」 「うるせえ!!」  ニニムは抵抗しているが、ジェイは体が大きく気性が荒い。素直に食べ物を渡さないことに腹を立てたらしく、まもなく殴打の音とニニムの悲鳴が聞こえてきた。 (危なかった……僕のまで取られるとこだった)  ロビーは二人からじゅうぶんに距離をとり、安全な場所で食料を口に詰め込んだ。ジェイに見つかるのも危険だが、ニニムにも今は会いたくない。食べ物を分けてくれと言われるに決まっているからだ。 (僕だって、明日ちゃんと食べられる保証はないし……)  このスラムは弱肉強食だ。力のある者がやりたい放題で、秩序も正義もない。閉鎖的な場所に密集して暮らしていれば、どこでもそうなるものだと、以前おとな達が話していたけれど。 (僕もいつか、外の世界にいけるのかな……)  ロビーは低い天井を見上げた。スラムの四方を囲む壁と同じ、どんよりとした灰色だ。ここに放り込まれた者は、自分の意思で外に出ていくことはできない。  ただ一つの脱出口、「グリーンチューブ」を除いて。
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