希望

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希望

 翌日、ニニムの姿が消えていた。  私刑(リンチ)や飢餓で死んだのなら死体が残る。ニニムは文字どおり、スラムから消えたのだ。 「グリーンチューブだ」 「逃げたんだ」 「チェッ、あいつ今ごろ自由なのかよ」  残された連中が、あちこちでニニムの噂をしている。狭いスラムに、嫉妬と羨望が渦巻いていた。 (昨日、グリーンチューブの扉が開いてたのかな……)  スラム唯一の出入り口には、頑丈な扉がある。普段は閉まっていて、内側からは開けられないという噂だ。  ロビーがその扉の開閉を見たのは、過去に一度だけ。用事で近くにいたときに突然、開いた扉から新入りが集団で送り込まれてきたのだ。  かいま見た扉の向こうは、緑色の一本道だった。壁も床もきれいな緑のトンネルで、ゆるい坂道が上に続いている。その先は白く光っていて、とても眩しかった。  これがグリーンチューブか、と、幼いロビーの胸は震えた。  外の世界につながる、唯一の道。  きっとあの向こうは楽園なんだ。美味しい食べ物がたくさんあって、明るく賑やかで、ふかふかの寝床で安心して眠れる、夢みたいな場所があるんだ。  このスラムで虐げられている者はみんな、いつか自分もグリーンチューブを抜けて外の世界へいけると信じている。ロビーも例外ではなく、むしろそれだけを希望に、空虚な日々をやり過ごしているのだった。
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