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ムゲン・ボックス
『皆様ご注目でございまーす!これが、我が社が発明したムゲン・ボックスでございまああす!』
派手なテレビのBGM、大袈裟な効果音。
やたらめったらテンションが高い社長自らが紹介したのは、ムゲン・ボックスなる新商品だった。
夜、寝る前の気分転換にとテレビをつけた僕は小さく笑う。
「何その安直なネーミング」
思わず突っ込みを入れた僕の声が聞こえたわけでもあるまいに、テレビの中、金ぴかのスーツを来た社長は話した。
『そこ、安直なネーミングとか言わない!……いやいや、これ以上に相応しい名前などないのですよ?どういう商品かって?よろしい、今実践してみせましょう!』
彼が指示を出すと、ステージに仮設トイレのようなものがゴロゴロと押されてきた。ドアが一つついていて、上の方にははめ殺しの窓がついている。これが商品なのだろうか。デカすぎて家の中に入れられそうもないのだが。
『これ、仮設トイレを元に作り直してみました。人一人だけが入れるボックスになってます。あ、これがムゲン・ボックスではないですよ?今回の実験のために必要だったので用意したのです』
が、どうやら違ったらしい。
じゃあこれはなんのために?と思ったところで、バニーガールのような姿をしたアシスタントが何やら機械を持って現れた。
それは掌を大きく広げたくらいのサイズであり、白くてひらべったい形をしている。まるで潰れた御餅のようだった。よくみるとその平面には、ボタンやら小さな液晶やらがついているのがわかる。
『この白いおもちみたいな機械!これが、ムゲン・ボックスです』
アシスタントの女性から機械を受け取り、社長はカメラによく見えるように翳してみせた。
『なんでこんな小さい機械なのに“ボックス”なんだって思ったでしょ?思ったでしょ?これはね……設置することで、特定の空間の時間を止めることができるという、画期的な機械なんです!つまり、時間を無限に使い放題、の空間を作り出すことができます』
では試しにやってみましょう、と彼はその機械を、仮設トイレっぽいボックスのドアにくっつけた。同時に、アシスタントが奥からもってきたのはカンバスとイーゼル、油絵具のセットである。
『論より証拠。今から私がムゲン・ボックスで設定したこの箱の中に入ります!実は昔から油絵が趣味でしてね。とはいえ非常に遅筆なのもので、普段ならば一枚描き上げるのに一日かかってしまうんです。ゆえに、仕事がある日はちっとも進められなくてですね……ってこんな話はいいか。今から私がこのセットを持って、この箱の中で絵を描きます。この、まっさらで、なんも描いていないキャンバスに一から描くのです。本来ならこの番組の時間内では到底終わらない作業です』
ですがこの中ならば可能なのです!と。彼は強調し、真っ白なカンバスを何度もカメラに映した。
そして何の仕掛けもないことを確認させるとセットを持って緑色の箱の中へと一人入っていく。
『ではでは、行ってきます!』
時間を止める、なんて。そんなバカなことがあるものか、と誰もが鼻で笑っていた。僕も同じだ。
ところが、金ぴか社長は中に入ってすぐ外に出て来たのである。ドアが閉まってから、一分どころか十秒も過ぎてはいなかった。
『ただいま!いやあ、久しぶりにじっくり描きました。やっぱり絵ってのはいいですねえ!見てください、皆さん!力作でしょ!』
うそだろ、と呟く僕。
社長の手には、なかなか見事な油絵が――完成した状態で抱えられていたのだから。
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