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「あら、可愛いナタリアちゃん、また来たのかしら?」
冷たい鉄製の籠には、手錠と足枷に拘束された少女がいる。鎖骨まで伸びる白金色の髪と赤い目は、すす汚れたドレスを着ていても、その上品さを保っていた。
姉妹の中で一番大人っぽく、強気の美しさを持っている双子姫の長姉だ。エウゲンニャという名前は「美しく生まれた者」で、家族の優秀な血筋を示しているものだった。
「エウゲンニャお姉様、私の話を聞いていただけませんか?」
「必要ないわ。家族を裏切り、同族を殺した叛逆者は刑場に送られるのが定め」
「でも……分かるでしょう? 腹と手に真銀の長い釘を打ち、死ぬまで石壁に掛けられるんです。死ぬまでに、その苦痛が二日も続くんですよ!」
「ナタリアちゃん、私を脅かすつもり?」
エウゲンニャは倦厭した軽蔑を含んだ目つきで妹に答えた。
「もし、私が本当にそれを恐れていたら、最初から貴族や官員を殺さなかったわ」
「お姉様……。私たちは姉妹なんですよ! 酷い刑罰に遭うのを見たくないんです」
「何を言ってるの?」とエウゲンニャが笑い出した。「二十年間もの間、私たちを追跡して、やっと捕まえたのは、貴女たち双子姫でしょ?」
ナタリアは言葉に詰まる。吸血鬼の血が半分入っているとはいえ、二十年は決して短い期間ではない。
うつむきながら、言葉を紡ぎだす。
「……それは国の命令で……」
「ついでに、お父様やお母様の命令でもあるわね」
「……でも、私は、酷刑までは望んでいないんです!」
そもそも、皇帝は絶対的な権力を持っていない。帝国には皇室の親戚の十一公爵家系がある。ヴィシネヴェツキ家もその一つ。公爵たちは広い采邑と強い権力を持っている上に、子供たちも公爵と公爵姫のタイトルを有する。
公爵の長女・エウゲンニャは玉座に座り、エルフと吸血鬼たちを平伏させる女公爵になるはずだった。彼女が死刑囚になってしまったなんて、ナタリアは悲しみを抑えることができなかった。
「ナタリアちゃん、自分を見なさい。華麗な服を着て、光り輝く首飾りをかけて、まるで愛らしいお人形のようだわ。お父様とお母様の手に操られて踊るのは幸せでしょ?」
ナタリアは顔をしかめた。
「エウゲンニャお姉様、やめてください」
「いえ、やめないわ」
「なぜお姉様はそんなにお父様たちを恨むんですか? 社会を嫌っているんですか? 私には分かりません……」
「そうね。貴女は、そうでしょうね。そのままでいたほうがいいわ」
ナタリアは冷静な顔を作っているが、実は泣きそうな気分になった。このままだと、長姉は処刑されてしまうのに、まったく話を聞いてくれそうにないのだから。
「どうして……そんなに多くの罪を犯したんですか? 皇帝を侮辱し、官員を脅嚇し、自分の従士を殺害し……」
「貴族の虐殺、商人からの略奪、真銀の武器の密輸入、官庁の焼毀も数に入れておいてね」
「エウゲンニャお姉様! ヴィシネヴェツキイ公爵家の一員がそんなことしたら、低劣な犯罪者になることが分かっていたはずなのに! 一体どうして……!」
エウゲンニャは、笑い声をあげる。「お人形」のナタリアには、何を言っても通じないとでもいうように。
「ナタリア。貴女は、何も分かってないのね。だって、私たちは貴族であっても奴隷のようじゃない。ハルシカ姫が皇帝の側近と結婚することを断ると、皇宮の地下牢に監禁されたことを覚えてる?」
ナタリアは、エウゲンニャの言葉に、どうしていいか分からなくなってしまった。あのハルシカ姫も皇帝の親戚で公爵令嬢だった。彼女は好きなシメオン公爵と結婚したかったが、二人ともは広い采邑を有するので、帝国の東部の裏支配者になるかと皇帝に疑われてしまった。
「もしハルシカ姫が皇帝の命令に従ったら、きっと幸せな結婚生活を送ったと思います」
「皇帝はいつでも私たちの自由を奪って彼の道具にしたいのよ。分からない?」
長姉はいつも鋭い言葉で全てを嘲笑する。ナタリアには、世間のことはよくわからない。皇帝が大貴族に薦める結婚相手は、みんな美男美女で高い官職を務めるので、どこが悪いか理解できない。
「お姉様、帝国に反対した人々がどこに隠れてるか、ヴィオレッタお姉様がどこに行ったかだけでも、教えてもよろしいでしょうか? そうしたら、帝国の最高裁判所は死罪を無期流罪に変更できるというのです」
「そんなものを信じられると思う?」
「公爵令嬢の双子姫の名にかけて、絶対に変えてみさせます」
ナタリアの言葉に、エウゲンニャはすこし笑う。何も知らない生徒をみる教師のように。その顔には、哀れなものを見るような冷たさもあった。
「私はあの団体に雇われただけだもの。彼らの巣がどこかは知らないわ。ヴィオラも、どこに行くか私に伝えなかったしね」
エウゲンニャはため息をつく。ナタリアは、最後にもう一度だけ、言葉を紡いだ。
「あと七日……。最後の時間になっても白状の機会があります。いつか、すべてを話してくださることを願います。お姉様は、恥にまみれたままに死ぬべきではないです。お父様たちも悲しがりますから」
「私たちを捕まえようとしたお父様たちが! やめて。彼らの話はしないで。くだらない上に、気持ち悪いわ」
エウゲンニャは顔を横に向ける。もう、話し続けたくないという風だった。ナタリアは寂しい気持ちで、この長姉を見つめていた。瞼の裏にも、焼きつけたいというように。
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