序 章 運命に抗う

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序 章 運命に抗う

 強固な石畳で囲まれた部屋。  四方の壁にかけられた魔導ランプは最小限、窓もないため、暗い足元に生まれた影が他の影と合わさるように揺らいでいる。  平均よりも鋭い嗅覚に、逃げ場のない湿気によって生まれた見えないカビの匂いが刺激する。かと思えば、今日いた者か、それ以前にいた誰かの汗の匂いが時折割り込んで入って来る。  由緒正しき場所なだけに、常に清掃は行き届いているはずだったが、いつもよりも研ぎ澄まされた感覚は、余計な情報までも入れてこようとしていた。 「ようやく、ここまで来たんだ」  今年で14歳になった少女は、使い古された布が敷かれた木製の椅子に座ったまま自分の右手を握り、そして開くことを繰り返す。初めは十数人の同年代の者達がこの部屋にいたが、1人、1また1人と光の奥へと呼ばれていき、ついには自分だけが残されていた。  白い毛並み、猫亜人(バステト)族特有の尖った耳、細長い尾。自分が猫亜人(バステト)族であること自体に不満はなかったが、少女には一族の矜持に対して強烈な否定があった。 ―――猫亜人(バステト)族たる者、常に強者に仕えよ。 「くだらない」  人生で最も口にしていた言葉が漏れる。  かつて一族の始祖が、この国を興した魔王の側近(メイド)だったという理由から、この生き方が一族として最も誉れ高い存在意義となった。それからというものの、皆が皆、強者を世話する使用人としての技能と主人を守る剣と盾の技術を身に付けることが、自身が存在する目的と同義としている。  それを少女は『呪い』だと吐き捨てる。 「私は違う。私は私自身で生きる道を見つけてみせる」  そう言い、拳を握り締める。
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