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うろたえる兵士二人を置き去りに駆け足で元来た道を戻る彼女の背中を、何も知らないまま僕らは追いかけた。追いかけるしかなかった。
「なぁどうしてだい?、イキナリすぎないか?」
「――はめられた! 罠だったんだ!」
「罠?、どういう罠だよ!?」
「都合よい過度に! この耳に入るべき足音は虚構!」
「焦るな! 地元の言葉でいいから!」
「 ――"挑発も巡視もない。なぜか味方はコチラに近く、足音も両方、なぜか夜になってから聞こえた……あまりにも出来過ぎているの!"」
「それって――
長耳の言葉は噤まれる。私の小さな耳に入る前に、ソレの続きは本体ごと、地面へと転げ落ちた。
「なッ――オリバーッ!」
駆け寄る。本能が情報よりも脚を進める。 しかしそれよりも先に脳を支配するモノがあった。
ソレは反射だった。
閃光が視界を劈いて、僕の脚に杭を打った。まるで彗星が落ちたように突如として、藍の空に無数の漂白は撃ち撒かれたのだ。
「あか、……は、ッ、グレイツェルンッ!」
忌々しきアーク照明の照らす先、薄闇を踏みにじり、できたてのアスファルトに肉球を付ける影が10,20。
ネズミを想わせる蒼灰の軍服。無駄に華美な装飾が施された無個性の軍帽から、首輪付きの死んだ目が覗く。
躊躇は要らない。害獣は殺処分だ。
即座に構え、そのまま撃鉄を引いた。
反撃など百も承知。重要なのはいかに命の不等号を作れるかなのだから。
もっともらしい冷徹観を啓蒙しながら、光に歪む視界を恐れず撃ち放った銀爪。
しかしソレはなんの成果も得られなかった。
ただぴゅんと鳴いて、そのまま、そのままドブネズミの腹をすり抜けて、闇へと消えていってしまったのだ。
「なに――ぅ、え、」
実態はある。だがまるで水のように泡を立てて沈んでいくその奇景に、思わず声が漏れ出す。
「やぁやぁ、中々の挨拶じゃないか」
動揺が隠せない僕を置き去りに、声は無数の照明の更に奥、闇の方から現れた。
「フフ……仕事放っぽいて男二人とデートとは、中々やるねぇ、」
若くハスキーだが、どこか粘つく妖艶な声。声の持ち主は明らかに女で、そして少女に向かってその言葉を放っていた。
「イカルゴ……」
背後の彼女が小さく呟く。暗く、淡く吐き捨てるようなその声に、再会を喜ぶ気持ちはみじんも感じなかった。
「知り合い……か?」
「いや、絶縁済み」
「おいおいヒドイねぇ! せっかくコッチから逢いに来てやったというのにさぁ」
淡々と告げた彼女の後、女は突然大きな声を上げた。
"逢いに来て" そのことばを頼りに睨んだ彼女の周りには、無数のグレイツェルン兵士。
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