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彼らの全てが四つん這いで、手も足も軍靴を履いていた。顔には生気も知性も見られず、コチラを気にする様子すら見えなかった。
――なるほどどうして。身の毛もよだつこのバケモノたちこそ、足音の正体だったワケだ。
「 "遺失物で音を偽装したか……気色の悪いヤツだ" 」
「 "有効だろう?、事実としてさぁ" 」
「 "シネ、" 」
「 "相変わらず無愛想な子だねぇ、妹と違って――" 」
死ね。
彼女が唐突に呟いた一言しか、素早い南方語の言葉は僕には分からなかった。
だがその後、明らかに目の前の女は良くないことを言ったのだろう。
背中から滲んでくる小さくも明確な殺意に、女は少し怯えていた。
「"ま、まぁいいさ" ――おういキミ、」
「……私か?」
「あぁそうそう、ヘンデルスの子豚君。キミに話が――」
『バンッ!』
その場で引き金を引いた。正直女のいる場所すらよく分からないが、そんな事はどうでも良かった。
「直ぐ撃つねぇ……軍人は」
「言葉に気を付けろ西の雌イヌ。おてとおすわり以外出来なくなりたいか?」
「んん。違うんだけどねぇ……ヒェヒェひぇ」
不気味な笑い声を上げながら、女はようやく灯りの当たる場所にまで顔を出した。
若く、薄気味悪い整い方をした女は、我々と同じ種属だった。
化粧っ気のない白色の肌、栗色のボサボサとした長髪。軍医とは違う移動に適さない白衣。三つの情報が彼女が非軍人であり、かつ周囲の視線に一ミリも気を遣わない人間だと言うことを報せる。
下がった目尻に、歪に上がった口角。爛々と、コチラを刺すように覗く青い瞳。 常にコチラを嘲るようなニヤけ面は、無意識に僕の手を、強く銃に染み付かせた。
「おいおい、別に戦いたいわけじゃないねぇ」
「何が言いたい」
「まぁ下ろしたまへよ。ズバリ返して欲しいのさ、アニータを」
「……返す?」
平然と自己への所有権を連ねる女の態度に、嫌悪感は止めどなく吹き出す。
戦いたいワケじゃないんだろ? 安心しろ、一撃で脳をスッキリさせてやるさ。
「ああ、どうせウチのキャンプで棄てられてたんだろう?、保護してくれたのは礼を言うがねぇ、ソレは本来ウチの "モノ" なのさ――」
『 ガンッ! 』
"モノ"
その一言に反応して鳴った撃鉄は、そのまま彼女の左頬にルージュを塗った。
彼女の常に上がっていた口角が沈み、目が黒く、冷たく、深くとがっていった。
ソレは僕の撃ったモノとは違う声で鳴いたが、別に僕が気にするコトではなかった。 わかりきっていたことなのだから。
「言ったぜババァ?、言葉に気を付けろってよー?」
「んんんんっ! ババァでもキミでもないねえ!」
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