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薄明かり。東雲は少しばかり蒼らんだ世界で。
揺れる世界。動かない手足。ヒリつくノド。鼓膜を蹴破らんとする轟音。
――なるほど、最高の目覚めだ。天国じゃないことを確信する。
「よぉ、兄弟。」
聞き慣れた声で耳を呼ばれる。霞む視界の先、明らかに何か強いヤツをキメた目で、長耳はコチラを覗いてきていた。
「……大麻って戦場で自生するのか、」
「まさか! レディーズからのプレゼントさ。悔しいか童貞?」
「れでぃ……アニータ! どうな――
「背後ろ!」
少しずつ明瞭化していった記憶に、突然興奮し出す僕。チグハグの駆け足でそんなバカを担ぎ疾走する男に身を任せ、言われるがまま背を望む。
――目を見開いた。
衝撃が全身を伝い、伝導し、体中の細胞が沸き立つ。
前方、無数の意思在るグレイツェルン兵の群れの中、巨大な土人形の手足を飛び交い、美しく踊り、謳う。
黒き旋律はバルカムスに鳴り響いて、その血風こそ吹き荒ぶる戦場にて、あの少女は確かにそこに居た。
メーク・アップは、"可憐" からは大きく遠ざかっていた。
全身に迸る、黒のレース。刺々しく巨大化した翼爪と脚。影を引きずったように伸びた尾羽。畏怖すら抱かせる幻想的な闇の女神がそこにいた。
ドレスがしたたる。敵の血肉と号哭が際限なく浴びせられ、一つ、また一つと赤が滲んで命が澱む。
強く、激しく、けたましく鳴り響く命の輪唱。その中心に鎮座する。
ヒトを見て、初めて確信を覚えた。
――アレこそが、龍だと。
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