〇Lächeln Sie wenigstens wie Erica.

20/20
前へ
/229ページ
次へ
 薄明かり。東雲は少しばかり蒼らんだ世界で。  揺れる世界。動かない手足。ヒリつくノド。鼓膜を蹴破らんとする轟音。  ――なるほど、最高の目覚めだ。天国じゃないことを確信する。 「よぉ、兄弟。」  聞き慣れた声で耳を呼ばれる。霞む視界の先、明らかに何か強いヤツをキメた目で、長耳はコチラを覗いてきていた。 「……大麻って戦場で自生するのか、」 「まさか! レディーズからのプレゼントさ。悔しいか童貞?」 「れでぃ……アニータ! どうな―― 「背後(うし)ろ!」  少しずつ明瞭化していった記憶に、突然興奮し出す僕。チグハグの駆け足でそんなバカを担ぎ疾走する男に身を任せ、言われるがまま背を望む。  ――目を見開いた。  衝撃が全身を伝い、伝導し、体中の細胞が沸き立つ。  前方、無数の意思在るグレイツェルン兵の群れの中、巨大な土人形の手足を飛び交い、美しく踊り、謳う。  黒き旋律はバルカムスに鳴り響いて、その血風こそ吹き荒ぶる戦場にて、あの少女は確かにそこに居た。  メーク・アップは、"可憐" からは大きく遠ざかっていた。  全身に迸る、黒のレース。刺々しく巨大化した翼爪と脚。影を引きずったように伸びた尾羽。畏怖すら抱かせる幻想的な闇の女神がそこにいた。  ドレスがしたたる。敵の血肉と号哭が際限なく浴びせられ、一つ、また一つと赤が滲んで命が澱む。  強く、激しく、けたましく鳴り響く命の輪唱。その中心に鎮座する。    ヒトを見て、初めて確信を覚えた。  ――アレこそが、龍だと。  
/229ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加