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⑱ ちぐはぐのそよかぜ
「アニータ、もう二度と……キミを……」
土の上、膝の上。男の口がぱくぱくと動く。うわごとの様に呟いている。
「……走馬灯?」
「いえ、多分記憶がまだカチャカチャなのかと……脳は特に」
何が起きたのか。詳しくは解らない。
けれど聴いたことがある。最近西の果てのお医者さんが、止まった心臓に電気を流してよみがえったとか。
……自分で雷雲に成れる龍が、それぐらい出来ても不思議じゃない。
そして、私たちを巻き込んだと言われたら、ああそうですかと。腑に落ちるわけである。
私に大したキズはなかった。
原因は勿論この膝の上。白昼……ではないがまぁそんな曇昼に堂々と、私めがけて抱きついてくれたのである。
感謝してるよ、ええしてますとも。少なくとも目を覚ますまではこの太ももを味合わせて上げるくらいには。ねぇ、
「速く。目ぇ醒ましなよ、」
何度搾ったか解らないレモンを、絞り出してもう一度。苦みだけが一滴。
「ぜったい! なぉします!」
訊かれてもないのに大声で、宣言する魔導師。彼女に至っては完全に無傷だった。
閃光があって、衝撃があって、そのあと深い絶望があって。
龍がこちらには目もくれず去ったのは幸運だった。
また探すといっても脚を引きずったソレだ。雲を掻き分ける必要はもう無いんだ。
そう思うと、自然と、追いかける脚も、笛を持つ手も止まった。
そのあとにあった彼女だった。
平然としたツラで自分に覆いかばさっていた青髪と焦げヒゲと黒羽と老人を押しのけると、彼女は慣れた手つきで自分の杖から伸ばしたツタを彼らにまとわりつかせた。
心臓でも、手足でも、ましてや脳味噌でもない。ましてや脊椎でもない。いざというとき、生命の語り合いに慣れた彼らが遺ぶのは、肝臓らしい。
ああどおして、いよいよついて行けなくなっちゃう。
「あかあか、れぷた、つむえうるれあ」
下手すりゃ逮捕、常人なら数秒で失神するほどの魔力が澱む環境を易々と創り上げ、それでもなお留まらない呪文に溜息を一つ。何を思うか少女のグーサイン。
親に近代芸術と化した似顔絵を見せるような笑顔で、倫理や常識を骨ごとボリボリ砕いていく。
ねぼすけのクマが今真夏だと思い出したのは、丁度そんな頃だった。
「……おかしいだろ、なぁ。アニータ」
「え、私?」
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