⑱ ちぐはぐのそよかぜ

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「だね、こうなったら賭けだよもう」  笛を地面に置き、レッグポーチをまさぐる。  明らかにマズい顔を浮かべるサーシャに謎のグーサイン。お返しと言わんばかりに。 「ソレ――ッ!ダメだ!」  私が手に取りだした黒笛を目にした途端、大男は即座にソレを奪おうとしてきた。  まぁ想定内、明らかに枕の上で叫んでたし。  横の子犬の皿に盛られたエサにも手を出す大型犬にそうするように、私は羽で笛を覆い隠した。 「ダメ、コラ!めっ!」 「めっ!じゃない! ソレが何か解ってるのかキミは!?」 「解ってるから持ってんの! 殆ど知らんクセに、保護者面 止めてよ!!」  カッとなった。この一瞬がどうとかじゃない。  気付いたら私は、もともと今にも倒れそうな命の恩人を、思い切り突き飛ばしていた。  何故?、自分でもびっくりするぐらい苛立っていた。怒りなんて無いのに。向けようもないのに。  違う。  ただ怖いんだ。  どうしようもなく歪で、どうしようもなく濃い、自分の過去を、自分たちの過去を、これ以上、ヅケヅケと土足で踏み入られるのが怖いんだ。  認めたくないんだ。  私をあの日助けた理由が、あまりにも出来過ぎていたこの、灰被りのストーリーが、自分じゃない糸に引っ張られていた事実を認めるのがイヤなんだ。  クソみたいな人生だ。  歩くレール踏む野原、全てに返しと地雷と粘着シート。そんな道を歩いてきた。  そんな私を。 「ガランくん…… "ありがとう" じゃすまないよ。自分の神様コース棄ててまで、こんなとこまで来てくれた」  止まれない。止まらない。  もう対等な、相棒を気取った軽やかな翼は巣立ってしまった。  後には只、どん底から自分を助けてくれた勇者サマが、自分を憎からず想っていたのだとクソみたいな勘違いを、自分でも気付いていながら言い聞かせていた夢絵空事を諦めて。時も場合もわきまえずヒスるクソ女一匹が遺るのだ。  目を塞ぐ。耳を覆う。震えた口を隠す。出来たのはたったこれだけ、なんのために伸ばしたんだ、翼なんて千切れてしまえ。    深呼吸を一回。脚を畳んで腰を下ろす。少し怯えた君の顔の近くまで、口だけを近づける為に。
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