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「……あの人はね、こう言ったんだ。"あのときくれたビスケット、実はさ、少しダケしょっぱかったんだよ" って」
「……そうか。」
彼は少し、一度私を抱きしめる力を弱めて、しばらく考え込んで。それから、
「なら、今度はもっと。はちみつ、たさなきゃだな」
そう言った。
「ヤダよ、クッキーにして。ビスケットはもうウンザリなんだ」
私はすかさずそう言って、彼を強く抱きしめた。
「……そうか?」
「そう。何度も言わせないで。私はアンヌだよ」
「……そうだな。りょーかい!」
一度、大きな返事をして、彼と私は離れる。互いの顔を見合って、其処にもう焦燥も苦悶もないことを確かめ合う。
足音が近づいている。もう、何も怖くない。
「さぁ、ガラン君!、これから龍が来る!」
「あぁ、最後の片付けといこう」
「なので私は龍になる!」
「あぁ、……ああ?」
「 "僕も!" でしょ」
「す、すまない……」
「……ないんでしょ? 死んで欲しくはさ。誰かさんと違って」
「あ、……ッ、――あぁ!」
「じゃあ一緒に、ネ?」
「あぁ!」
手を取り合う。強まる足音、命の接近に目を向ける。
遂に再び顕れた龍の、傷つき、ボロボロになりつつも堂々と森を踏みしめる強き姿から、目を背けることなく。量の脚。四本の杭を立てしがみつく。
黒き角笛よ、どうか。コレが最後だから。
目の前よりも濃度の高い命に口を付け、息吹く。ノドを通って魂は取り出され、笛に載せて情熱のオリーブは舞う。
黒きムチが熱を孕む。大挙して私たちを包む。
煉獄が迸る。かくも猛々し龍こそ纏われり姿、今二つ。
『――鬨双曲・ちぐはぐの戦風 《Gridoncerto di Battaglia "Badinerie"》!!!』
絶叫が轟く無限に塗り重ねた、ペンがへし折るまで描き列ねた幾千ものフォルテに併せて。
譜面を焦がす陽炎にもまれた二人は、ゆっくりと今――前を、見据えた。
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