⑱ ちぐはぐのそよかぜ

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「……あの人はね、こう言ったんだ。"あのときくれたビスケット、実はさ、少しダケしょっぱかったんだよ" って」 「……そうか。」  彼は少し、一度私を抱きしめる力を弱めて、しばらく考え込んで。それから、 「なら、今度はもっと。はちみつ、たさなきゃだな」  そう言った。 「ヤダよ、クッキーにして。ビスケットはもうウンザリなんだ」  私はすかさずそう言って、彼を強く抱きしめた。 「……そうか?」 「そう。何度も言わせないで。私はアンヌだよ」 「……そうだな。りょーかい!」  一度、大きな返事をして、彼と私は離れる。互いの顔を見合って、其処にもう焦燥も苦悶もないことを確かめ合う。  足音が近づいている。もう、何も怖くない。 「さぁ、ガラン君!、これから龍が来る!」 「あぁ、最後の片付けといこう」 「なので私は龍になる!」 「あぁ、……ああ?」 「 "僕も!" でしょ」 「す、すまない……」 「……ないんでしょ? 死んで欲しくはさ。誰かさんと違って」 「あ、……ッ、――あぁ!」 「じゃあ一緒に、ネ?」 「あぁ!」  手を取り合う。強まる足音、命の接近に目を向ける。  遂に再び顕れた龍の、傷つき、ボロボロになりつつも堂々と森を踏みしめる強き姿から、目を背けることなく。量の脚。四本の杭を立てしがみつく。  黒き角笛よ、どうか。コレが最後だから。  目の前よりも濃度の高い命に口を付け、息吹く。ノドを通って魂は取り出され、笛に載せて情熱のオリーブは舞う。  黒きムチが熱を孕む。大挙して私たちを包む。  煉獄が迸る。かくも猛々し龍こそ纏われり姿、今二つ。 『――鬨双曲・ちぐはぐの戦風 《Gridoncerto di Battaglia "Badinerie"》!!!』  絶叫が轟く無限に塗り重ねた、ペンがへし折るまで描き列ねた幾千ものフォルテに併せて。  譜面を焦がす陽炎にもまれた二人は、ゆっくりと今――前を、見据えた。
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