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『キョォォォオオ!!ッ』
前方、隻眼に似た貌が絶叫する。傷口から、血しぶきが上がる。
「来るよ――ッて、何してんの?」
「待て、待ってくれ。脚がうごかないんだ」
「思いっきり踏み抜いて! 跳べるから!」
「そもそも――どんな魔法なんだ?」
「ギア上げるだけだよ、人間の許容範囲は超えるケド。動きづらいのは自転車とイッショ」
「……ハハ、ナルホド」
今更自分がどんなステージに立ったか理解したらしい横のおバカさんが、自分と私の身体をマジマジと見比べる。潜められる眉よりも深く、赤黒く墨を被った全身には、浮き出た動脈を象る鮮血の隈取が
怪妖しくも冥々している。
どこか思い出すように嘲っては、溜息を一つ。
切り替えだけは速いのか、即座に眉の位置を戻し、彼は拳を握りしめる。私の手を握っていることも忘れて。
「ホラ、いつまで繋いでんの!」
ケツを叩くように振りほどくと、私はそのまま彼を置き去りに地面から飛び立った。
影を棄てた地面から、幾千もの千切られた草木の鎮魂曲のスコールを浴びて。浸る暇も無く目の前に来た枝に向けて、もう一度、鉤爪が一層鋭くなった踵を向けた。
「わりゃぁ!!」
まるで経験の無い戦闘。普段なら逃げたりすることにしかこの姿も使わない。
それでも本能で血が理解してる。
大丈夫、動かなくなるまで蹴る。それで何とかなる。
ゴムまりのように跳ねて上空の四角、背中に向けて。鋭角に開いた猛禽の爪と共に、踵を落とした。
深く突き刺さった肉の感触と同時に、龍が悲鳴を上げる。そして私の全身には、血管を沸騰させる程の電撃が走った。
「ぎゃ、が……ヒッ"!」
ノドが言うことを聞かない。いや、ノドだけじゃない。
気付いた頃には、尾羽が横に見えた。そして私の世界は右に90度倒れて、そのまま半分黒くなった。
次は上から、いや左?、アレどっちだ……?
「アンヌ!!」
揺すられた脳による警告を切る余裕も無く、脚で枝にぶら下がった身体。
そんなモズにやられたトカゲを踏み潰す脚は、男の声にかき消される。すんでの所でどこかにねじれて吹き飛んだ。
滑空は要らない。即座に四足。古い竜をまねて地面に、ムササビのように着地した。
「タックル?、ソレで行くの?」
「腕が持たん! ソレに――」
「ソレに?」
「90がこれだけ走れるなら、突進した方が強い!」
「牛じゃん。龍なんだケド……いちおう」
「良いじゃないか なんだって」
憎まれ口もそう続けられない。メリメリと音が震えたと想うと、龍がよろめいた先にあった木々をなぎ倒し、レーダーは再びコチラを探知する。
より一層 赤黒く化粧を浴びた貌が、強く敵を睨んでくる。
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