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壮絶な光景だ。
震えおぼつかない足下を這う毒蛇も、手負いのエモノを見つけ騒ぎ散らかすトカゲの群れにも目をくれず、黙々と歩いて行く。
テリトリーへの侵入者に警告を叫ぶケモノの咆吼も、本来ソレが生きるべき世界では鱗一枚で大騒ぎになるであろう竜が空を飛べども、黙々と歩いて行く。
何か命令された、首が取れても子供のために巣を作ろうとする羽虫のような動きだった。意識など、とうに無いであろう、それこそこの場で横たわればそれだけで死体だと確信されるような風貌で、自分より遙かに大きい存在を担ぎ上げては、歪な足跡を刻み続けていた。
ブツブツと再び何か唱えているのが聞こえる。しかし完全に焦点が外れた虚ろな瞳、モノクロの虹彩が、その戯言が脳から来ているモノではないことを証明していた。
異質に呑まれ慌ただしく草木が吹く森の中、遂に前方、ソレの足取りを止めるモノが表れた。
――――地廻竜
小さいモノでも5メートル、最大種では 30メートルに達するモノも表れる、翼を持たない四足歩行のハ虫類。堅い鱗と木々を跳び交い荒野を駆け回る身体能力、そして何より、変温動物の常識から逸脱した持久力を誇る。この魔境の中、一切隠れるという行動を想定しない怪物であった。
そんな強者である己の縄張りにズルズルと、汚らわしい足跡を引きずり侵入してきた雑巾に向け、竜は大きく口を開け、木が揺れる程の声で叫んだ。
羽虫や子ウサギ、果ては他の竜や獅子でさえ息巻いて逃げ出すその威嚇。しかし、一身に受けた雑巾の対応は冷ややかだった。
冷めた瞳の中に一点の恐怖なく、ただ目の前でガチャガチャと喚くトカゲモドキに対する鬱陶しさで満ちていることに気付いたとき、遂に竜はそのアギトを前に振った。強靱な牙は今、すでに折れかけだった命のロウソクを粉々に噛み砕かんと襲いかかったのだ。
そして次の瞬間、猛禽が空からエモノを地面にたたき落としたときのような、無慈悲極まりない音がして、トカゲの牙は根元からへし折れた。
生まれてこの方初めてであろう鳴き声ではない泣き声を荒げてもだえ、消えるように走って行った竜に一瞥もなく。
雑巾はまた進行方向そのまま、フラフラと直進し始めた。
今にも消えそうなかがり火をともした雑巾の進軍を、止めるモノはもういない。
食物連鎖のサイクルが遠心分離機のような速度で回転しては、弱者を悉くこの世から濾過する地図の穴あきの中、ソレは確かな異彩を放ち続けていた。
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