4/5
前へ
/39ページ
次へ
 年末に向けての多忙と、当たり前の様に続いたトラブル。そして、プライベートでのトラブルを乗り越え、本日はというとクリスマス。  クリスマスと言えば大学時代からつい三年前まで、藤倉夫妻と過ごしていた。というか、強制参加させられていた。  藤倉嫁が妊娠してから無くなり、療養中の親父と適当に、地味にのんびりと過ごしていたのだが。  矢作とはクリスマスに鍋をする約束をしていたわけだが、約束をした時点と現在とで関係性が違うので、何だか変な感じだ。  だからと言って特別な事をするでもなく。いやでも折角だしなあ、と、プレゼントはどうするか問うたら、「何の?」と珍妙な返答が飛んできた。  俺が、クリスマスのだけど? と言うと、矢作はぽんと右手の拳を左の掌に置いて、ああ、と得心した。  何やら幼少時、サンタさんにライダーベルトが欲しい旨の手紙を書き袋を準備していたら、翌朝リカちゃん人形が入っていて心底幻滅したのだそうだ。そこからサンタを信じなくなり、プレゼントをお願いしなくなった為、当然のようにプレゼントは無くなった、との事。  中学高校は伯父の家でゲームをして過ごしていたり、シェアハウス時代も留守番でゲームをしていたり。去年のこの時期は漫喫暮らしだったので、クリスマスにプレゼントを渡すといったイベントが在った事を、すっかり忘れていたと。  まあそんな訳で、本日も通常運行。約束通り、俺特製の割り下による鶏の水炊きだ。  鍋を粗方食い終わるも湯気がまだ残るリビングの中、矢作は何時に無く真剣な眼差しを俺に向け、カチリと箸を茶碗に置いた。 「健さん。相談があるんです」  そう言ってズボンのポケットからすっとスマホを取り出し、テーブルに置いた。「この前、仰言(おっしゃ)っていた通り、皆からやばい位LINEが来てたんですけど」 「だよねえ。そら心配して当然ですからねえ」  はい、すいません、と矢作は頭を垂れる。 「言うの忘れてたんですけど、次の日会社行った時、藤倉さんにめちゃくちゃ叱られました。連さんにも亘さんにも」  知ってます。  藤倉があんなに激怒したの、久々に見たし。奥山なんて泣いてたし。土井に至っちゃ総務部長に噛み付いてたし。  因みに来春、総務部は大幅な人事異動を掛けるとの事。総務部は女性だらけだからという謎の考慮で、今まで所内での配属変えすら無かったのだ。  長い時間同じ業務に従事すれば、経験値の底上げにはなる。だが、ドライバーと違い事務職は人間関係が凝固するので、風通しは悪くなってしまう。新卒入社にとって、なかなか手厳しい環境だ。総務部もここ五年程退職者は出ていないが、新卒採用を出していないのは、そういった背景が有るからだ。  手抜き処理をする人間が現れるのも、空気に慣れ過ぎてしまうといった弊害の一つ。如何に楽に業務を進めるかは重要だが、慣れからくる手抜きは話が違う。結果、やっつけ仕事が増えていく。  しかも社員はほぼ女性で、男性は総務部長のみ。社員同士のいざこざやら、プライベートの愚痴やらを業務中話題にしたり、判断基準が感情論だったりと、THE・女性社会を具現化している。そんな女性陣の中で、たった一人の男性である部長だけで纏められる筈が無く、完全に尻に敷かれている状態だ。  とまあ、矢作の件が切っ掛けとなり、そういった諸々が課題に挙がったわけだ。  先に述べたように、基本的に経験値や熟練度は高いので、各営業所のベテラン勢とシャッフルするように配置すれば良い結果に繋がるのでは、という希望も有る。今回は試験的な意味合いもあるが、単身者を基本とした人事異動の決定を下したようだ。  俺的には、こういった機会で淀んだ人間関係を解消するのは良い事だと感じている。  幸いな事に運輸部や倉庫部・営業部は、営業所内ではあるが、それなりに部署異動がある。だからこそ、人間関係も上手く回るのだろう。勿論、藤倉の手腕有ってこその部分も大きいが。  来春の異動のメインは総務部だが、当然運輸部、倉庫部も異動が有る。藤倉の昇進も含め、有る程度の情報は俺の耳にも入っていのだが―――社長は相変わらず思い切った事をする人だな、と改めて関心したもので。  と、閑話休題。 「で? 相談とはなんぞ?」 「はい」  矢作は背筋を伸ばす。「俺、藤倉さんたちに、俺の事、話そうと思うんです」  俺は思わず、取り皿に残っている葱を口に入れようとて取り零した。 「え? その、DSDの件か?」 「はい。俺の事を親身に思ってくれて、凄く嬉しかったから、ちゃんと向き合いたいと思ったんです。もしかしたら拒否されるかもだけど。でも、俺はもう、大丈夫だから」  と、俺の顔を真っ直ぐに見詰めた。  おお、解ってるじゃないの。俺の気持ちがちゃんと伝わっているようで何よりだわ。 「ん。お前がそうしたいなら、そうすりゃ良い」  そう言って矢作の頭をわしゃわしゃと撫でると、矢作は嬉しそうに笑い、LINEを見せる。 「でもこれ。これが一番、嬉しかったなー」  そこには俺が矢作に送ったLINEが有り――― 「ちょ! お前それ消せ!」 「嫌です!! てかもう保存した!」 「保存すな!」  そこには、『何処にも行くな、俺の傍に居ろ』とまあ、咄嗟とは言え、どう足掻いても愛の告白としか思えない一言が残っていたのだった。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加