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 年越し蕎麦を食い、深夜に今年も宜しくと同時に頭を下げ、二人してダラリズム満載の正月休みを過ごした。それはもう見事な程いつもの休日状態で。不動産巡りが不要になった分、矢作もほぼ外出せず、土井から借りたRPGをやり込む事に徹していた。  因みに矢作は御節料理というものを初めて食べた様で、寝る寸前までちょいちょいと摘んでいた。小学生時代は家族としてのイベントは皆無で、クリスマスやら正月やらは学校のイベントや町の雰囲気で感じるだけだった様だ。  実家が資産家で多少なりと援助も有り、貧乏暮らしという訳でも無かったのだが、母親は矢作と向き合う事から逃げるように仕事に明け暮れていたらしい。毎日カップラーメンとかコンビニのサンドイッチ、高学年になると、リビングのテーブルに毎朝千円札が置かれていたそうだ。  中高時代、伯父さん宅でどんな生活をしていたのかと訊くと、矢作が眠る頃に帰宅する程忙しい人だったので、実生活では一緒に過ごす時間はほぼ無かったと言う。市やら学園関連の行事やらで、年がら年中働いている様子だったらしい。  なので、平日はお手伝いさんが来ており、家事の一切をしてくれていたらしい。食事に関しては朝食はパンを食べ、昼食は学食を利用、夕食はお手伝いさんが準備してくれていたので、生活に困る事はなかったとの事。  一緒に居る時間は少ないが常に気に掛けてくれており、一日一回は必ずメールをくれていたので、不安になったり寂しくなったり、というのは無かったそうだ。 「中学校に上がって直ぐ、一度だけ学校の連れ達と初詣に行った事あるんだけど、出初式やってて。そこの関係者席に伯父さんが居たんだ。その時に俺を見つけてくれて、駆け寄ってきてくれて。人生初のお年玉貰った」  人酔いして縁日も何も見ず直ぐ帰ったんだけどさ、と思い出しながら笑う。 「そっから初詣は行ってないなあ」 「行くか? 三日にでも」 「嫌です。絶対行かない」  頑として言う矢作に、ですよねーとだけ俺は返した。  正月明け、我が社では必ず七拠点の社員全員を一堂に集め、初出式が行われる。業務自体は翌日から始まるのだが、一年の功労を称する場でもあり、親睦会を兼ねたものだ。因みに全員指定有給扱いとされるので、制服でなくラフな私服で良い。  普段業務で声は聞いていても、顔を合わせる事など会議の時以外殆ど無い。ドライバーに於いては同じ営業所の社員でも顔を合わせない、など良く有る話。他支店や本社の人間など、もう一つ縁が無い。自分の会社にどんな仲間が居るのか知るべきだ、という社長の意向で、この親睦会は彼れ是れ二十年以上続いているらしい。  因みに初出式は本社の積み込みヤードで行われる。パートやアルバイトを省いた社員のみとはいえ、総勢百五十人程になるので、ヤードのようなだだっ広い場所でないと人が入らないのだ。  親睦会は専務の実家でもある老舗の旅館で行われ、昼から貸切で夕方に解散、泊まりたい奴は泊まる。しかも参加は自由。翌朝から業務で皆酒を控える事から、酒宴に有り勝ちな揉め事も起きる確率が低いので、遠方から参加している営業所の連中も含め、意外と参加者は多い。俺は毎年帰ろうとするのを、藤倉に首根っこ捕まえられて強制参加させられている口だが。  矢作は毎年参加しており、重量物の荷扱いや、渋滞時に中型でも抜けられる裏道だとか、こういった場を利用して情報を集めているそうだ。いやー真面目だね。  因みに奥山も毎年参加。土井は彼女が帰省しているから不参加らしい。 「新年明けましておめでとうございます。本年は更なる飛躍を目指し、我が社に於いても―――」  キィン、というハウリングと共に専務の常套句から初出式が始まり、(つつが)無く式は進行される。続いて授賞式へと舞台は移り、年間無事故無違反者の表彰、勤続年数十年単位の社員と、本年度定年となる社員に功労賞が表彰された。  矢作は去年の夏に一度だけミラーを擦ってしまい(それでも修理費は高い)表彰を逃したが、次年度は期待していますと名指しの上壇上にまで呼び出され、拍手の中恐縮しまくっていた。  そこから社長へとマイクが渡り、改めて挨拶がなされる。昨年度は伸び悩みの年であったが、大口との新規契約が決まり三月より稼動する事、心機一転業務改善をする事、その全てが英断である信じています、等々、飛躍に向かう言葉を述べる。ふと運輸部の席に座る視線を向けると、矢作は真摯な表情で社長の言葉に耳を傾けていた。  初出式が終わり、案の定藤倉に捕まり車に引き摺り込まれそうになっていると、奥山と三ヶ月の育児休暇が終了し復帰した柳が現れた。 「藤倉さんの車で行くんですよね? 俺運転手するから相乗りさせてください」  奥山がそう言って挙手すると、藤倉はいいぞ、と返す。そりゃー黒塗りアルファード、この人数なんて余裕ですわね。 「て、あれ? (たくみ)は?」  藤倉がそう言って周囲を見渡して見るも、姿が無い。ああ、あそこか、と、マサイ族さながらの視力を持つ奥山が指を差し、その方向を(しか)めて見ると、そこには社長と何か話している矢作が居た。そして、屯している俺達に気付いたのか、社長に何度か頭を下げると、走って来た。 「もしかして待ってくれてました?」 「一応。運輸部の連中と行くのかと一瞬思ったが」  藤倉がそう言うと、矢作は首を横に振る。 「大田さんも宮本さんも帰るって言うから、俺も帰ろうかと思ったんですけど、帰りの運転手が必要そうな人の姿が見えたので」  と俺を指す。失敬な。  確かに、と柳が苦笑していると、奥山が残念そうな声を上げる。 「おっちゃん達来ないの? 珍しー」 「宮本さん、娘さんが初孫連れて実家に来ているらしいからな。大田さんもお袋さんの調子悪いらしいし」  藤倉がそう言うと、矢作もそうみたいですね、と相槌を打つ。 「来年定年なんですよね、大田さん。来年の初出式が最後だから、来年こそは表彰されるよう頑張らないと」  仕事のあらゆる面で世話になったから、と矢作は少し寂しげな貌をした。 「それじゃぼちぼち行きますかあ」  奥山は藤倉からキーを預かり運転席に乗り込んだ。  道中の車内で他愛も無い話やら業務の話をしていると、柳がいきなり溜息を吐く。何の溜息だと藤倉が苦笑すると、いやだって、と柳が言う。 「僕が居ない間に色々展開が有りすぎて、まだ頭の中が整理出来ないんですよ。オマケに復帰直前にメールで辞令まで来て。四月から僕、勤まりますかね・・・」  そう言って後頭部をカリカリと掻く柳に、俺はダイジョブダイジョブと、軽く返す。 「展開って何? 優が健さんとこに保護されたり、塩谷さんが解雇になったりって話すか?」  奥山が訊くと、そうそう、と答える。 「矢作くんの事は置いといて、塩谷さんが解雇ってのにはびっくりで。うちの会社、基本的に解雇なんてしないじゃないですか? まさかの横領とか、びっくりですよ」  そう。彼のお騒がせ女の塩谷は、経理部の部長と不倫関係に有り、横領までしていたらしい。俺狙いってのはカモフラージュだったのか、鞍替えしようと考えたのか定かでは無いが、聞いた瞬間呆れ果ててしまったのは言うまでも無い。  会社側は刑事告訴をはしない変わりに塩谷を懲戒解雇。経理部長は奈良に実質上の左遷となったが、まあ(いず)れ退職するだろう。辞令も無く唐突に、しかも役職まで剥奪されての配属の為、奈良の営業所では話題沸騰中だからだ。  しかしながら、横領の金額を聞いてその程度で良かった、とは思ったが、社長もまあ良くぞこの程度で赦したものだ。  因みに不倫に関しては、経理部長の嫁さんが何故か社長宅に直談判してきた事で発覚した。  そんな諸々を報されたのは年末の大掃除中。専務にこっそりと各部の部長・主任クラスだけ談話室に呼び出され、聞かされたのだった。加えて、四月からの辞令を、先ずは該当者にメールで展開する、とも。  そんな訳で、柳にも辞令のメールが届いたという塩梅で、どうにも不安になっているようだ。 「大丈夫ですよ、健さんが居なくなるわけじゃないんですから。まだ後三ヶ月以上有るし、俺も頑張ります!」  奥山がそう言って笑うと、柳が頷きつつ苦笑する。 「うん、奥山君が居てくれるから本当に助かる。ただ、健さんみたいに僕で立ち回れるかどうかが」 「問題無いですよ。寧ろ健さんが運輸部長になる方が心配っす」 「失礼ねー。こう見えてそこそこ人望あるのよ? 俺」 「俺は嬉しいですけどね」  矢作がそう言うと、藤倉が柳に見えない様に俺の腰を肘で小突いた。マジでうざいわ。  因みに該当者へのメールは、専務から一斉送信で来ている。  以前から内示が出ていた本社所長は滋賀営業所の所長となり、藤倉は本社所長に就任。奥山がそこそこ使えるようになった事もあり、柳がシステム課の主任となった。  その流れで俺が運輸部長へと昇進。当初はシステム課を三人体制で、という話だったのだが、俺が統括の立場に居ればある意味三人体制になる。且つ、藤倉程では無くとも、運輸部長もこなせれそうなのは今の所田所だけだろう、と、役員会議で満場一致だったそうだ。  例年は二月半ばに役職付きの辞令が発表され、四月に異動となるのだが、今年は異例の速さだ。それ程までに滋賀が逼迫している、という事実も有るのだが、大口の新規顧客対応も絡んでいるようで。  システムのバージョンアップは柳に有る程度任せるにしても、実装後は当面サポートをする必要が有る。不安がる柳を横目に、今年はなかなかハードな一年になりそうだな、と鼻で息を吐いたのだった。
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