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 季節は冬ど真ん中、二月となった。  我が社だけかどうかは解らないが、二月は輸送量が割りと落ち着き、ほぼ全員定時帰社が叶う月となっている。その為、指定有給の残りを放り込まれたりするのだが、指定有給と有給を利用して一週間休んでいた奥山が、盛大な土産物を抱えて出社してきた。  奥山は年末に彼女の妊娠が発覚し、元旦に籍を入れたのだが、ここがチャンスと言わんばかりに有給を取って結婚式を挙げた。彼女の祖母の体調が多少持ち直したというのが理由だが、また何処で急変するか解らないので、ならいっそ、と決行したとの事だった。  予約で埋まっているのかと思いきや、昨今の新型ウィルスの流行でキャンセルや空きが有り、すんなりと式場は取れたのだが、披露宴会場で予算に見合う所が無く、こじんまりとした会場で行った。  本当は皆呼びたかったんですけど、そういった理由でやっぱり親類のみとなってしまって申し訳ありませんが・・・と、奥山に謝られた。気にしなくて良いものを。  今や嫁さんとなった彼女も身重の身なので、二次会等も無し。旅行も長旅はNG、お祖母ちゃんの体調も気になるしで、だったら、と彼女の父方の実家である那智勝浦で一週間、ゆっくりと過ごす事にしたらしい。  と言ったわけで、十五時になった瞬間、各部署に那智勝浦の名産を配り終え、最後に自分の部署で配っているという塩梅。 「はい、これ! 八咫烏(やたがらす)饅頭!」 「何だよ八咫烏饅頭って。卵だろ、卵」  奥山が封を開けながらどうぞ、と言うのを一つ取り、口に放り込む。「久々に食ったなあ。美味」 「食べた事あるんですか?」 「有るぞ? 長姉が串本だからな」 「え、そーなんですか。めっちゃ近所!」  柳さんもどぞ、皆もーと、パートやアルバイトにも配り歩く。「柳家と田所家には、これ」と、饅頭とは別に保冷バッグを一つずつ渡してくる。 「本鮪(マグロ)じゃない! ありがとうね、高かっただろ。今夜刺身にでもして食べるよ」  柳が中身を見て嬉しそうに言うので中身を見ると、かなり鮮度の良い本鮪の柵が三柵入っていた。しかも、赤身・中トロ・大トロの三色。ていうか顎カマまで入っているのに思わず驚いた。漁師でも滅多に食べられない希少部位だ。 「すっごいなあ、顎までって相当じゃないの」 「アゴ?」  そう言って柳が保冷バッグから取り出すと、それは脳天だった。これも希少部位だ。 「同じ内容じゃなくてすみませんです。お義父さんが漁師の知り合いに頼んでくれてたんですよ。で、昨日、帰阪直前に、持ってきてくれたんです。ぴちっとシート? か何かで包んでるんで大丈夫だとは思うんですけどね。顎と脳天は冷凍ものですけど、柵は冷凍してないので、早い内に食ってくださいね」  それと、と。「はい、これ。結婚式に招待出来なかったので、せめてハガキだけでも出そうってなって」  奥山は照れながら写真ハガキを俺と柳に渡してきた。 「おーおーおーおー、新郎してるじゃないのー」  俺が奥山の脇腹を肘でゴリゴリ突くと、いででで、と言いながらも嬉しそうに笑う。 「へえ、これが奥さん? めっちゃ可愛いじゃない」  柳がそう言うと、でしょー? と奥山は思い切りデレた。そんな様子が伝播し、パートのおばちゃんやらが集まり、あらーいいわねーなんて冷やかされ捲くっていた。  定時ジャストでそそくさと家に帰ると、既に矢作も帰宅し米を炊いていてくれた。炊き上がって間もないのか、炊飯器からほこほこと湯気が立っており、これはもう贅沢に鮪三昧だな、と、着替えて直ぐに台所に立つ。 「えっ、これどうしたんですか?」  保冷バッグから取り出された鮪を見て、目を円くする。 「奥山が土産でくれたんだ」 「えー! 俺も亘さんも、カラスの卵しか貰ってないっすよ!」  カラスの卵って。それも何か違うぞ。思わずチョコミント色の卵を思い出してしまう。 「俺一応上司だしな? 特権てやつ?」 「いいなー。俺も欲しかったー」 「俺が貰ってきたんだから、食えるじゃないの」 「俺のも有ったら、量、倍になるじゃないすか」  きりっと答える矢作に思わず苦笑する。こういう時の矢作の真剣な表情は、実に男前だ。 「何処まで食い意地張ってんのよ。ちゃんと二人分の量、有るじゃないの。会社からの祝い金だけで個人的に何にもしてないんだから、こんな貴重なモンくれるだけ感謝よ。ほら、田所大将がちゃちゃっと刺身と塩焼き作ってやるから、手伝いな」 「合点!」  そう言って矢作は俺の指示を受けながら、野菜やら諸々を冷蔵庫から取り出した。  生涯に二度と食えるかどうか解らない、豪華な鮪三昧を食した後テレビを見ながら茶を啜っていると、矢作が唐突に何かを思い出したように席を立つ。 「そうそう、これ! 連さんから貰ったんですよ」  そう言って持ってきたボディバッグから、写真立てに入れた一枚の写真ハガキを取り出した。「すんごい幸せそうですよね」 「・・・俺も貰ったぞ、それ」  デスクの抽斗に放り込んで、持って帰るのを忘れていたが。 「へ?」 「普通一家庭に一枚だろ。寧ろ一枚で十分だろ」 「ですよね・・・」  と二人して呟いてから、矢作はぷ、と噴き出した。 「連さん、相当嬉しかったんだろうな。大好きな彼女に子供出来て、結婚式もして」 「浮かれ過ぎだわ。明日〆たる」 「〆るまで言いますか。・・・この写真、俺が使っている部屋に飾っても良いですか? わざわざ百均寄って写真立てまで買ったんで」  と、小首を傾げながら訊いてくるもんだから、いいぞ、としか言えなくなる。そもそもその部屋はもうお前の部屋なんだから、俺の了承など必要無いのだが。  ていうか。  いやいやお前、その仕草はかなり反則だわ。つか初めて見たわそんな仕草。無意識なのそれ? 小聡明(あざと)いのどっち?  思い切りハグしたくなる衝動を何とか抑え込み、さて何処にしようかと部屋に向かった。  収納ケースと抽斗箪笥が増えたとはいえ、まだまだ殺風景な矢作の部屋。その箪笥の上にちょこんと飾ると、嬉しそうに微笑んだ。 「うん、良い感じ。亘さんも結婚したら、横に並べよっと。藤倉さんにも家族写真貰おうかな」 「何お前、そこに他人様のお幸せ写真ばっか並べるの?」  俺がそう訊くと、矢作はうん、と頷く。 「仲間の幸せな写真並べるの、何か良くないですか?」 「まあお前の部屋だから、好きにしていいけどさ?」  コリコリと後頭部を掻きながらそう返してみるものの、多少複雑な気分になる。我ながらここまで独占欲が強いとは。あいつらにまで嫉妬するなんてどうかしてるぞ俺、と(たしな)めていると、ふと矢作が俺を見上げてきた。 「健さん、話変わるんですけど」 「ん? どした?」 「来週の水曜、病院の予約が取れたんです。もし、有給が取れるなら―――」 「取るわ」  俺がさくっとそう返すと、矢作はありがとうございます、と深々と頭を下げた。
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