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「よーお待たせお待たせ」  そう言って掌をヒラヒラさせながら藤倉が事務所から現れる。 「何? もしかしてまた滋賀?」  並んで歩きながら聞くと、藤倉は「そ」と簡単に返す。 「あそこの営業所はやっぱり所長入れ替えんとダメだろうな」 「だよねー。滋賀の所長、ワンマン過ぎるからドライバー潰れちゃうわ。良いとこもあんだけどね。まあ、だから、うちの所長を滋賀に持っていくって話なんだろ?」 「そ。まあでも・・・最低でもあと一年は待って欲しいんだがな」 「連太郎が仕上がる予定の二年でなく?」 「二年も掛からんだろ。敢えてアップデートという揉みに揉まれるタイミングで放り込んだんだから。嫌でも身に付く」 「それを鬼畜と言うのだよ、よーちん」  俺がくつくつと笑うと、藤倉も釣られて苦笑した。 「あいつは叩き上げの方が飲み込み早い。本人も解ってる」 「確かに。何でも肌で感じんと気が済まんタイプだしな」 「ま、プレッシャーにならん程度に期待してやってくれ」 「難しいこというわねアナタ・・・」  つらつらとそんな話をしながら藤倉の足取りは駅前へと向かっているようだった。  因みに会社の最寄り駅までは徒歩二十分程で、そこそこ近い。トラックの待機場や駐車場、倉庫など、基本的に面積が必要なので、最寄り駅迄徒歩内に運輸倉庫会社が在るのは珍しい方だ。  理由は、創立当初は何も無い僻地だったからだ。  後に私鉄駅が出来、通勤にそこそこ便利な場所となったのだが、会社とは反対側にロータリーが出来たり新駅が出来たりした為、会社に向かう駅の改札側は、時代に取り残されてしまい、今ではすっかりと寂れている。所有者不明の廃墟が多い事も有り、区画整理も進まないからだ。  オマケに治安も良いとは言えない。極端に悪いという訳では無いのが、通勤以外でこちら側の改札や商業施設を利用する人は、それなりな理由が有る場合だ。  そんな状態の駅前(寂れ側)に着いたのだが、向かうのは居酒屋・・・ではなく、激安のビジネスホテルだった。  昔はラブホテルだったことで有名で、俺も学生時代は何度かお世話になっていたホテルでもある。 「・・・話ってなにさ」 「不信感丸出しな顔で聞くな。入れば解る」  そう言って藤倉はロビーを通り受付もせずにエレベータへと向かった。  五階でエレベータから降りて、藤倉は目的の号室が有るのか、迷いの無い足取りで廊下を進む。  THE昭和デザインの花柄の壁紙は所々剥がれそうになっており、時折鼻腔を擽る黴の臭いが、年代モノで有る事を十二分に感じさせた。  外装はラブホテルからビジネスホテルに変わっているものの、建屋や内装自体はそのままなので、無駄に懐かしさを感じてしまう。  十年前に来た時ですら、古いホテルねー声駄々漏れじゃないのーだから学生でもご休憩は払える値段なのねーと思っていたくらいなのだから、現在は更に古びているのは当然の話。更には風評も相俟って、当たり前のように宿泊客は殆ど居無さそうだった。  そんな中、藤倉は唐突に歩みを止めると、目的の部屋なのであろうドアをノックした。 「(たくみ)、居るか。藤倉だ」 「へ? 優? 矢作?」  俺が眼を円くしていると、ドアの向こうでも「へ?」という返事が返ってくる。 「藤倉さん? え? なんで?」  ガチャリと重苦しいドアが開く。確かに、そこには矢作が居た。 「どゆこと?? 何でお前、こんなとこに居るのさ」 「健さんまで? え?」 「事情は中で話させてくれ」  藤倉がすまんな、と続けると、矢作は何かを察したのか、どぞ、と俺たちを部屋に招き入れた。  矢作(やはぎ)(たくみ)は、運輸部の4tドライバーだ。  高卒で入社して来たから、彼れ是れ五年以上努めているので、ベテランドライバーの部類になる。中型免許を取るまでは、軽バンで細々とした面倒臭く難しい高価品の配達をしていた様だが、その経験が活かされているのか社内で一番荷扱いが丁寧だ。一度ルート変更した際は元のルートの顧客から担当ドライバーを戻して欲しいとリクエストが有った程だ。  製品を積んだパレットラップ巻きも超一流で、その内バターになるんじゃね?と思える程速く、荷崩れ事故を起こした事はただの一度も無い。中型に乗り立ての頃は、電柱にぶつけて帰って来たりはしたが、この数年そういった事故も起こしていない。  ただ、常にふわふわとした笑顔を浮かべているので、感情の起伏が薄いのか表に出さないだけなのかも知れないが、今一つ何を考えているのかが解らない、と周囲には思われているようだ。実際、俺もそう思っている。  俺や藤倉は五年も一緒に仕事し、ここ数年は矢作も含め、奥山たちを連れて飯食いに行ったりしているので、それなりにバカ話も出来る、根っこは真面目な青年である事を知っているが。  そんな優等生が、何故またこんな安ホテルに滞在しているというのか。そんな事を考えながら、藤倉と同時にスプリングが飛び出そうなソファに腰を掛けると、藤倉はやおら矢作に向かって頭を下げた。 「唐突に来てすまん。通り掛かりにお前が亘と話しているの、たまたま聞いてしまってな」 「あー・・・そうでしたか」  矢作は心当たりが有るのか、ぼんやりと呟いた。  亘というのは倉庫部のリフトマンをしている、土井という社員で、飯を食いに行くメンバーの内の一人でも有る。矢作が受け持っている集配先の荷物の品出しをしており、歳が近い事もあって気が合うのか、奥山と三人で談笑しているのを良く見掛ける。恐らくそれなりにプライベートな相談もしているのだろう。 「でも俺、亘さんには此処に居るの、話して無いんすけど」 「別部署の社員が、制服のまま此処に入っていくお前を見掛けたようでな。俺の所に報告が上がったんだ」 「ま、駅前ですもんね」  見られることも有るかー、と矢作はまたも呟く。  事情をほぼ察せて居ない俺は、藤倉と矢作の顔を何度も見比べた。 「えーと。俺話全然見えないし、今のとこすんごいアウェーてか無関係ポジなんだけど」 「そうだな。優、話して良いか?」  藤倉がそう訊くと、矢作はニコリと微笑を浮かべ、いいですよ、と返した。
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