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 去年は風台風の当たり年で、やたらと運行に支障が出た。  大阪の中心部は水の都と言われる程河川の多い街で、でかい橋を渡る事を余儀なくされる。橋上は横風に吹き晒され易く、殊トラックは横風に弱いので、突風に煽られるとあっさり横転しまいがちだ。渋滞も多い為、ルートの時間や車輌を替えたり、臨時便や横持ちを出したり傭車(※一時的な下請け)を探したりと、通常配車の倍悩まされた。  そんな配車をしながらアップデートの総仕上げ、と、またも残業が続いて居た訳だが、漸く実装・運用出来た所で一旦区切りとなり、打ち上げがてら飯を食いに行こうという話になった。  まあ旧システムと比べ格段に使い易く処理能力も速いし、トラブル時の緊急システムまで実装させたのだ、そりゃ打ち上げたくもなるだろう。  つか、そこまでのシステムを作り上げた俺に感謝しろ、と言おうとした所で、今日は健さんのは俺らの驕りで! と奥山が親指を立てた。  因みに奥山は八月のお盆前に無事パパとなった。嫁さんの実家近くの産院で出産し、そのまま暫く実家で世話になっている。同じ市内なので、育休は使わずちょこちょこと有給を使うだけに留めてくれていた。まあお陰で助かった面も多々有るのだが。  そんな訳で、奥山が出社、且つ翌日は休日、しかも残業から解放された金曜、飯屋に居くべ! となったのだが、何処から話を聞きつけたのか、社長や専務、倉庫部の面々まで加わった。そんな訳で俄かに大所帯となってしまい、店を手配する柳が何とも可哀想な状態だった。    何とかチェーン店の居酒屋一室を取る事が出来たのだが、それはもう忘年会の様な状態で。運転手役を買って出てくれた奥山と土井他数名以外は、良い塩梅に酔っ払って居た。喧騒の中、余り飲めない矢作をちらちらと気に掛けていたのだが、横に奥山が座っており「大丈夫っすよ!」と視線を送る。と同時に、俺の隣に座っていた土井が「過保護過ぎ」とくつくつと笑った。無駄なコンビプレーしやがって、と、俺は外の空気を吸いに席を立った。  カラリと戸を開けて深呼吸をすると、雨上がり独特の湿った土のような臭いが鼻を突く。昼過ぎまで台風の影響で雨が降っていた所為か、至る所に水溜りが残っていた。  ふと視線を右に遣ると、喫煙場所に社長が立って煙を燻らせている。随分前に禁煙したと聞いていたので珍しいと見ていると、俺に気付いた様で、手招きをしてきた。 「お疲れだったね。本当によくやってくれたよ、ありがとうな」  そう言って背中をバンバンと叩くものだから、俺は思わず噎せそうになる。 「いやいや、思っていたより時間が掛かったので。取り敢えず運用に大きなミスが出なくてほっとしました」 「それは君と、柳くんらの手腕たるものだ。倉庫の管理システムもかなり改善したようだから、時間が掛かったのは仕方無い。倉庫部がかなり楽になったと大喜びしていたぞ。・・・我が社は人材に恵まれているから、安心して引退出来る」  え? と俺は驚いた。社長は未だ五十半ばの筈。引退というにはかなり早いのでは、と。 「最低でも後十年は社長で居てくださいよ」 「君がそう言うなら、そうするかな」  と、冗談召かして言う。「まあ、直ぐに引退って意味じゃないよ。後継がちゃんと育っているから、いつでも退けるって意味だ。こういうのは、タイミングが大事だからね」 「・・・そうですね。解ります」  歳を老いて引退せざるを得なくなって引退するよりも、己が「ここだな」と思った時点で後腐れも無く、未練も無く勇退する潔さに身を置きたい。それは俺自身が思う社会人としての姿でも有る。  現会長である社長の父親は、社長とは真反対の性格をしていたようだ。俺が入社した時点では既に会長という名目で半ば引退していたが、事業に昭和的意見で口を挟んでは、会社を傾かせ掛けた。  創始者である社長の祖父は前衛的な考えで会社を大きくして来たが、それでも頑固な一面が有り、その悪い部分を大きく引き継いでしまっている様だった。  それでも現在この会社がここまで成長したのは、現社長の手腕に因る。当初三支店しか無かった拠点を七支店まで増やし育て上げたのは、現社長だからだ。 「私が退く頃は、藤倉が専務になっとる頃だな」 「それじゃかなり先ですね」  そう言って俺が笑うと、一本どうかと煙草を薦めてくる。 「酒が入るとつい吸いたくなるもんでな。付き合ってくれんか?」 「じゃあ、一本だけ」  そう言ってその一本とライターを受け取ると、煙草に火を点けた。 「矢作は・・・よく笑うようになったな」  ぽつりと零すようにそう言うと、ふう、と煙を夜空に吹き掛ける。「私の所に来た時、こいつは本心で笑う事など知らんのじゃないか、と思ったよ。―――これもまた、君のお陰だな」 「そんな事ないです。あいつが、自分で切り拓いたんです」 「切り拓く手段と道具を与えたのは、君だよ。田所君」  そう言って俺を見上げると、これからも頼む、と背中をぽんと叩く。  俺はすうと煙草を一吐きしてから、社長に身体を向けた。 「結婚する事にしました。矢作と」 「藤倉から聞いている。いつ報告に来るかと思ったら、今かいな」  そう言って社長はカラカラと笑った。・・・あの野郎、筒抜けかよ。 「あー・・・まあ、そういう事です」 「・・・大切な友人から預かった子だ。苦労して来た分、誰よりも幸せな道を歩んで欲しいと思っている。その道を一緒に歩いてくれる相手が君で、本当に良かったと思っているよ」  そう言って社長は煙草の火を消すと、今日の一本は特段美味だった、と先に居酒屋へと戻って行った。  後日、入籍日に合わせてフォトウェディングの予約を入れ、二人して有給の手続きを取った。前回の病院に行った時と同様、藤倉が上手い具合に処理をしてくれたのだ。勿論、社長も同様に。何ともありがたいものだ。  夕食後、さて他にするべき事は無いか、と、ふと社長の話を思い出し、俺は台所で片付けをしている矢作を呼び、座椅子に座らせた。 「あのさ。お前の伯父さんって、今何処に住んでんの?」 「? なんで?」 「挨拶ぐらいはしに行こうぜ? お前を助けてくれた人なんだから」 「俺もそうしたいんだけど・・・もう、歩くどころか喋るのも難しくて。行った所で、面会も可能かどうか」 「え? そんな深刻な状況なのか? だったら早い方が良くないか?」 「そうだよなあ」  そう言って矢作は部屋に戻り、スマホを取り出す。「一応LINE送ってみる。指はまだ動くみたいだから」 「連絡取ってたのか?」 「うん。て言っても、年に数回程度だけど。健さんや皆の事も話してる」  そうしてLINEを送ると、暫くしてから返事が来て、「今度の日曜の十時頃なら大丈夫だって・・・どうしよ」 「いいよ、行こう。で、何処よ」 「新温泉町。三方郡の」  うおい、ほぼ鳥取かよ。まあ・・・高速飛ばしゃ片道三時間程か。 「よし。じゃあ行きはお前、帰りは俺が運転な。弾丸で行くか前張りで泊まりにするか、どーするよ」 「弾丸で。健さん、土曜の午後、写真屋さんとの打ち合わせ忘れてるでしょ」 「忘れてないって。打ち合わせっつったて、写真入れるケースとかの現物見てプラン決めるだけなんだし。そっから行きゃいいだろ?」 「写真だってそこそこ値段するし、この前も俺用のノートPC勝手に買って来て散財してるんだから、ダメです。往復、俺が運転するから」 「わーったわーった、弾丸ね。その代わり、往復ワンマンはダメです、事故の元。交代制な」 「解りました。もーほんと、直ぐ無駄遣いしようとするんだから」  そう言って矢作はまるで子供を叱るように俺を宥めた。    結婚するとなってから、財布の負担割合を二人で話し合いをした際、矢作はすっと一冊のノートを取り出した。表紙を見ると出納帳と印字されている。引越し資金を貯めるのに金銭の出入りを把握しようと始めたらしいのだが、今では金の出入りが解るのが楽しくて続けているらしい。  元彼女とかにあっさり給料を渡したりしていたので、金にルーズなのかと思ったら思いの他確りしていて驚いた。  まあ、俺は俺で貯金とか出来ないタイプだからありがたい。実際、矢作の通帳を見るとここ半年で、しかも矢作の給料を考えたら、なかなか頑張った金額を貯蓄していので、基本的な管理と財布は矢作に任せる事にしたのだった。  そんな訳で守銭奴・・・いや、金銭感覚のきっちりした矢作にダメと言われたら、逆らえない。そういったわけで、日曜は早朝出発する事にしたのだった。
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