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 写真は在り来たりなものと、何だか色々ポーズを取らされた内の一枚、そして矢作の腕に抱かれている最初の一枚を選んだ。家に帰って落ち着いて見ると、いやはや赤面もので。飾るのは有り来たりな一枚にし、他の二枚は矢作の提案で俺の部屋に飾る事になった。  コトリとPC横、RPGのレアキャラぬいぐるみの前に置くと、矢作はうん、良い! と腕を組んで頷いた。 「ちょいと(たくみ)さんや。ちょっと俺から提案が有るのですがね?」 「? 何ですか?」 「お前の部屋はお前の部屋としてそのままで良いんだけど。夜、な? 行ったり来たり面倒だから、寝室は俺の部屋に固定しない? 晴れて夫婦(めおと)となった訳だし」  それに折角写真も飾った事だし、と言うと、矢作は困った様な表情を浮かべる。 「でも俺、健さんより朝早いからなあ。起こしちゃいそうで」 「起きねえって。何度かそのまま朝まで寝てたけど、起きたのって最初ん時だけだろ?」  そう言うと、俄かに顔を紅くしながら、確かにと呟いて。しかも上目遣いで、 「・・・じゃあ、そうする・・・」  て。  うおおおい、可愛過ぎるだろお前えええええ!と胸中で叫びながらも、穏やかでない心中を誤魔化すように、わしゃわしゃとその頭を撫でた。 「さーて明日から仕事だな。飯作って、と」  と言い掛けた所で、俺のスマホのコール音が鳴る。LINE以外あまり鳴らないのだがと手に取って見た瞬間、俺はさあ、と蒼褪めた。  俺の手元のスマホを矢作が不審そうに覗き込んで来る。  そこには『金山詩織』という名前が表示されていて。なかなか通話を取ろうとしない俺に、更に不審そうに矢作が聞いてくる。 「えーと? 誰ですか?」 「・・・姉貴。長姉」 「お姉さん? 出なくて良いんですか?」 「出んと・・・拙い。つか、すっかり忘れてた」 「何を?」 「結婚の件」  俺がそう言うと、へ? と矢作は目を円くする。 「結婚するっての、言い忘れてた。どっちの姉貴にも」  俺のその一言に、矢作は呆れ果てた様な長い溜息を吐いた。 「あのですね? こう見えて俺、気にしてはいたんですよ? でもお姉さん達と逢おうかって話が出ないから、きっと忙しいんだろうなって。俺から切り出すのも変だしって。まさかの連絡してないって・・・」  そう言って未だコール音が鳴り続けるのを、矢作が勝手にオンにする。  ちょ、こら、と矢作を窘めようと瞬間、とんでもない罵声が飛び込んで来たのだった。 『ちょっとあんた! 何度も電話してるんだから、折り返し位掛けて来なさい!』 「いや、忙しくて」 『何が忙しい、よ。どうせダラダラしてるだけでしょ? ていうか、お父さんとお母さんの墓参り、十月の連休で行くかって去年話してたの忘れてるでしょ。あんた一緒に行くの?』 「あ、そうか」  そうかじゃないわよ、バカなの? という電話口の罵声を聞きながら、矢作に視線を向ける。会話は当然駄々漏れなので、矢作は必死に笑いを堪えながら、行きましょうよ、と小声で返してきた。 「あー行く行く。行きます」 『了解。あ、うちもえっちゃん達も、宿取ってるから気にせんといてな。流石にその家で雑魚寝はしんどいから』  まあ確かに。長姉家は四人家族、次姉家は五人家族なので、流石に狭い。 「ああ、俺も二人で行くから」 『二人? 彼女?』 「いや。今日、結婚した」 『・・・は?』 「結婚したから、彼女じゃなくて―――」  矢作を見下ろすと、ニカリと笑っていいよ、嫁さんで、と言う。 「・・・嫁さんです」 『・・・』  電話口が一瞬静かになったかと思ったら、アホかお前はー! という怒号が思い切り飛んできたのだった。  墓参り当日、当然ながら父と母の墓前で、次姉にもがっつり叱られた。  矢作は矢作で、時折誰にも見られないように顔を俯かせていたが、俺を心配しているのではなく、笑うのを必死で堪えていた。てか相棒、助け舟位出してくれ。  さんざめっぱら文句を言われ、小さくなって背を丸めていると、長姉がまあ目出度い事だから、これ位にしておいてあげるわと鼻息を鳴らし、バカ弟をこれからも頼むね? と矢作に笑顔を向けてくれた。  墓参りの後、既に予約を入れていた割烹料理屋で夕食を摂る中、矢作の身体や事情を粗方説明した。  流石に驚きはしてはいたが、挨拶も兼ねているからと着慣れない女性物のパンツスーツを着て居心地悪そうにする矢作を見た次姉が、くすりと笑うと「無理して女物なんて着なくていいのに!」とその背中をパンと叩いた。  歳の小さい次姉家の甥と双子の姪が何故か真っ先に懐き、長姉家の小学校高学年になる姪二人からは「健ちゃんには勿体無い!」と罵られた。  それにしても綺麗な顔してるわよねーイケメンよねーと姉どもは寧ろ矢作の容姿に見惚れていて、旦那勢からおい、と突っ込まれてしまう程だった。  結論、反対の二文字は、誰からも終ぞ出なかった。  旦那勢も旦那勢で、姉ら同様「健くん、良かったなあ」と、のほほんと返す程度で。  そこからはただただ、普通の親戚の集い的な光景が拡がるだけで、終始バカな話(主に俺の悪口)で時間が過ぎて行った。  さて帰ろうかとタクシーを捕まえようとしたら、長姉が矢作の肩にぽんと手を載せた。 「今度二人で串本においで。鮪も美味しいけど、伊勢海老も最高に美味しいから」 「伊勢海老?!」  それはもう一目瞭然、と言える程に矢作が目を輝かせたのを見て、長姉は一度目を瞠ってから笑った。 「解り易っ! いいねえ、美味しいもの一杯食べさせたくなるわー! あれでしょ、たくちゃん、健に胃袋掴まれたんでしょ?」 「はい! がっしりと!」  だろうねーと、長姉は笑ってから紙袋を矢作に手渡して来る。 「お家帰って二人で食べてな? こいつがちゃんと早くに報告してくれてたら、もっと良いもの買えてたんだけど。お祝いはまた改めてさせて貰うからね?」  と。紙袋の中身を見ると、そこにはサツマイモが入っていた。 「おお、なんたん蜜姫じゃないの」 「その無駄に出来の良い腕前で、美味しいもん作ってやんな」  そう言って紙袋を覗き込んでいる俺の頭をパンと叩いた。  続いて、次姉もまた手に持っていた紙袋を「はいこれ」と、矢張り矢作に手渡して来る。 「特産て言う特産が無くてごめんね。でもこのソーセージ、美味しいから」 「わ、でっか。何かすいません、お二人とも美味しそうなものばかり、わざわざ」 「だってこいつが『うちの嫁さん食いしん坊だから、何か素材持って来い』て言うから」  うおい、それ言う? 言う必要無いだろ? つか「持って来て下さい、お願いします」って言った筈だぞ。「お願いします」をデリートしてんじゃねーよ。  そろりと矢作を見ると、眉間に皺を寄せて軽く睨んでくる。はい、すみませんでした、と、思わず眼前で掌を合わせた。 「健に上手い事料理して貰って。お祝いはお姉家と一緒にさせて貰うね。なかなか休み取るの難しいだろうけど、いつか千葉にも遊びにおいでよ。日本で一番有名な遊園地近いから。一緒に行こう?」  そう言って矢作の手を取ると、ね、と嬉しそうに笑った。  そこでタイミング良くタクシーが続いて捕まり、俺達は姉達一家と別れた。そして俺達も近くのパーキングに停めていた車に乗り込むと、矢作がエンジンを掛けながら嬉しそうに俺の方に向いた。 「健さん、車買い替えましょうよ。俺の引越し資金、頭金にして」 「何だよ唐突に。俺の愛車アルトラパン様にどんな不満があるのよ」 「長距離しんどいじゃないですか。そもそもターボ付いて無いから、坂道めっちゃしんどいです」 「別に良いじゃないの。長距離なんて行くとしても新温泉町位だろ?」 「旅行、沢山連れてってくれるんでしょ?」  と、車を発進させながら、「だったら俺、電車や新幹線じゃなく、車で行きたい。気になった所にふらっと寄ったり出来るし―――串本にも行くの楽だし、千葉だって交代で運転したらいいし」  なんて子供みたいにワクワクした様子でそう言った。  ああ、姉達どもに感謝だな。  口は悪いし直ぐ人の事をディスりやがるけど、器だけはでかい姉達で本当に良かった。特に次姉が、こんなにも俺の結婚を喜ぶとは終ぞ思っていなかったので驚いたが。  こんなにも誰からも祝福される事など、無いだろ。  そんな事を思いながら、慌てて買ったと言う土産ものが、直ぐに手に入るようなものでも無い事を思い出し、そうだな、車買い換えようか、と返したのだった。  
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