おれのかわいいシックスマン

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「誰って、怪我をしたから保健室にやって来ました。顧問がまだ、藤峰センセは学校にいるだろうって言ってたので」  そう言うなり大きな影が鷹哉を覗き込むように、ぬっと現れた。  美貌の顔が迫る。 「わっ、雨宮大河っ」  予期せぬ出来事に鷹哉の肩が、びくっと大きく揺れる。それからすぐにその場へと上半身を起こした。 「え? センセ、俺の名前を覚えてくれてるの? ……というか、もしかして泣いてた?」  紅茶色した瞳がじっと鷹哉の目を捉える。  恥ずかしい。  反射的に鷹哉は思ったが、そのときには左手の人差し指で目尻を拭われていた。  健康的な汗が滲む肌にシトラスが立ち上るが、不思議と不快さを感じさせない。  むしろ官能的な匂いを強くさせている。  赤いビブスの上からでも立派であることが分かる上半身はまた別にしても、大河からは他の生徒たちとは違う大人の色香を感じた。 「……なっ、」  驚愕した鷹哉は目を瞠る。 「ど、どうしてそんなことを?」  反射的に自ら鷹哉は、大河のほうを向いていた。 「どうしてって、センセが泣いてたから」 「だけど普通、教師が泣いてたからって、生徒はそんなことをしません」 「そう?」  気のない返事をした大河は、気がつけば鷹哉を背後から囲うように両足を開いて座っていた。  は、ナニコレ?  鷹哉は二人の体勢に吃驚した。  けれど、十も年下の性癖もゲイなのかどうなのか分からない生徒に揶揄われているのではないかと、平然としたフリをする。 「じゃあ、生徒じゃなければいいんじゃない?」  大河も平然とした様子で言ってのけると、鷹哉の顎を左手で捉え、自身のほうへ強引に向ける。  それから見たことのある情欲の宿った瞳で囁く。 「だってセンセ、昼間俺の身体、欲しそうに眺めてたでしょう? オトコ、好きなんだろ?」  にっと大河が口の端を持ち上げ、鷹哉の顔に自身の顔を近づけてきた。 「いや、ちょっと待て! 俺が男を好きだろうがなんだろうが、それでも生徒とどうにかなるには早いんだよ!」  瞬発力とはこういうときに発揮される力なのだと、鷹哉は思い知った。  両手で必死に大河の口を塞ぐ。  大河が、鷹哉の手の下でちっと舌打ちをした。  その振動が直で伝わってきて、むず痒い。 「はあ? 生徒のこと、怪しい目で見ておいて今さらかよ?」 「今さらもなにも、俺はそんなふうな目で生徒のことを見ていない。俺が好きなのは、年上だ」  すると大河は眉間に皺を寄せてなにやら考え込む。  鷹哉はつい油断して両手を放してしまう。  逡巡したと思われたあとで、おもむろに大河が口を開く。 「……だいたい藤峰センセは、今何歳なの?」 「え、何歳って、今年二十八だけど」  ふうん、と大河が相槌を打つ。  その反応がなぜか意味ありそうで、鷹哉は脅えた。 「だったらさ、俺、本当は二十五歳なんだよね」 「は? なに、ウソついて……」 「それがウソじゃねぇんだよ。実は俺、片親の貧困家庭に育った……今でいうヤングケアラーってヤツ? だからみんなが高校生のとき、高校へ通えなかったんだよ。だから二つ上の兄貴が大学へ行きながら外で稼いで、俺が母の面倒見て、まあ、結局四年前に親を見送って、そこから俺の人生やり直しってことで」  大河の告白に、鷹哉は今日最高にびっくりした。 「だからほかの生徒より色気があるのも、身体つきが違うのも、当たり前」  ちゅっと鷹哉の額に、大河はキスを落とす。 「ついでに言っておきますが、昨夜あなたを振った残忍な男は、俺の兄貴。俺は兄貴と関係があった頃から、実は藤峰センセのことが気になっていました。美人な人だなあって」 「え!」 「え、じゃないです。俺ん家にも何回か来たことあるだろう?」  たしかにセフレとはいえ、昨夜フラれた男の家には何度か呼ばれたことがある。 「兄貴がセンセを裏切って女と結婚するなんて絶対に許せないことだ。だからこそ、俺がこれからは大切にするからつき合ってほしい」  大河が鷹哉の手を包むようにぎゅっと握った。 「好きだ」  真剣な眼差しで告げた大河の言葉に、それまで自身の恋に対して移り香しかないと思っていた鷹哉の胸は、きゅんと高鳴るのを覚えた。  この瞬間、恋に落ちたことを鷹哉自身が気がつくのはもう少しあとのことで――。 END
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