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学生のほとんどが身体から安っぽい制汗スプレーの匂いをさせるなか、めずらしく上質なシトラスが香った。
今思えばそこからして、他の生徒とは違ったのだと思う。
うわ、マジかあ。
鍛え上げられた胸襟に、六つにくっきりと割れた腹筋。それから、張りのある健康的で瑞々しい肌。
眼前に突如現れた理想の体型に、鷹哉の視線は釘付けとなっていた。
ありえない、ありえない、ありえない。
相手は学生だろう?
自問自答して、鷹哉は自警の意味も込め、唇をぎゅっと硬く引き結ぶ。
毎年春になると一斉に行われる学生の健康診断。
鷹哉が養護教諭を務める男女共学の私立高校は、生徒数がとにかく多い。そのため、ひとりで健康診断を行うのは到底無理であるため、外部の医療機関へ委託している。
けれど今年は当日になって、健診に従事するスタッフの病欠が一名出たそうで、代わりに養護教諭の鷹哉が腹囲の計測に駆り出されたのである。
保険室内に作られた生徒一人ひとりのプライバシーを守るための急ごしらえのテントのなかで。
生徒と一対一。
当然、鷹哉にとって検診も仕事以外なにものでもない。そう思っていたからこそ、油断していた。
メジャーを持つ鷹哉の手に、ぎゅっと力が込められる。
「悪いが、もう少しズボンを下にずらしてくれ」
不機嫌そうな声で指示を出したのは、断じて下心を隠すためではない。
腹囲を計測するのに、制服のスラックスが邪魔なだけだったのだと、自分へ言い聞かせるための戒めだ。
言っておくが鷹哉は、私立高校の養護教諭――いわゆる保健室の先生として勤務するようになってから五年。学校関係者を色欲の対象として見たことは、一度たりともない。
神に誓って言える。
ましてや未成年の学生など、言語道断だ。
プライベートで男を入れ食いしていることは否めないが、スマートな年上男性が好みの鷹哉としては、包容力もなさそうな童貞学生など門外漢だ。
だというのに……。
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