仏の舌と超偏食親王

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 料理界には、神の舌を持つと称される人達が存在する。  彼等は類い稀なる味覚を持ち、一度食べた美味を忠実に再現する。私の父であり故人の雪村雪斗(ユキト)もそうした者の一人であったらしい。  その娘である私、雪村雹子(ハクコ)にはそこまでの才能は継承されなかったが、代わりに周囲からは「仏の舌」と呼ばれている。  神と仏で何が違うのか。  悪友の田中に言わせれば、それは慈愛の有無であるらしい。  神は絶対であり、ただ君臨し崇拝される存在。対して仏は人に寄り添い、分かりやすく幸せをもたらす。  物心ついた時から何となく、私は相手を見るだけで「何を食べたいか」が理解できた。  そして一流料理人の父の指導で「相手が食べたい物を供給できる」技術を身につけてから、学校卒業後にはフリーランスの出張料理人として依頼を受けて働く事になった。  私の能力は無闇に広めるものではない、という父からの提案による予約制のその業務は、最初は彼の料理店の常連客が主だったが評判は口コミで広まり、今では生活に困らない必要最低限の額を稼ぎ出すに至る。  反面、お金の計算と人付き合いは父親譲りで苦手なので、父のお店にも関わった税理士さんに全部お任せだ。  そして時には難易度高めの困った依頼も舞い込んでくるのだが、どうも私はそういうのを好んで選んでしまう性分であるらしい。   「『仏の舌』の雪村ハクコさんですね?  わたくし、姉小路(あねがこうじ) 君枝と申します」  と自己紹介する、黒スーツに銀縁眼鏡の女性。  渡された名刺には宮内庁皇嗣職宮務官の肩書き。つまり皇族からの直々の依頼のようだ。  小さい頃、父に連れられて何かの皇族の行事に参加した事があり、多分それ以来の関わりになるだろうか。  そして、姉小路と名乗る女性は今回の依頼について一通り説明をした後、 「と言う事なのですが引き受けて、いただけますかハクコさん?」  と尋ねてくる。  断るつもりは毛頭もなかったが、 「貴方の所の糞我儘王子の、馬鹿舌を納得させられるかどうかは会ってみないと分かりませんけどね」  と返答して目の前の彼女を閉口させた。  私の舌は仏だが、話す言葉は毒が混ざっているらしいと悪友や税理士さんからも良く言われている。  そして姉小路の案内で出会った、六華宮(ろっかのみや)䨮仁(ゆきひと)親王殿下。  血縁としては天皇陛下の子供、皇太子殿下の弟にあたる。  そして彼はだったが成程、これは想像以上だ。  彼の食べているのはブロック状の固形食品。  バランス良い栄養を手早く摂るのに最適とアスリートや非常食に用いられるが、姉小路曰く䨮仁親王の主食は三食これであり、むしろ物心ついてからこれ以外を食べた事がほぼないのだと言う。 「皇室の料理長が過去様々な食事を試してみたのですがいずれも不発に終わり、もう万策尽きました」 「だから私に依頼した、と。  見たところ普通に成長(いき)てるし、もうこのままで良いんじゃないですか?」  そう言って私が退室しようとすると。 「いやいや、そうはまいりませんので!」  と姉小路が私を力づくで引き止める。 「考えてもみて下さいハクコさん、今後食事会に招かれた時にどうするんですか!?  海外へ出向く用向きもあるんですよ」 「普通に彼だけ好きなだけ固形食品を出せば良いのでは?  何か問題でも?」 「大アリですハクコさんっ!  どう考えても印象悪いでしょう常識的に考えて」  姉小路が顔を真っ赤にして怒るので、流石にちょっとだけ同情した。 「……仕方ないですねえ、では一週間下さい」  そう私は宣言する。 「少なくとも、一回二回の食事で改善させるのは私どころか神様でも無理ですよ?」  そして一日目。 「ハクコさん……なんですか、コレは?」  と尋ねる姉小路。 「見ての通り、普段殿下が食べておられる固形食品を再現した物です」 「……ええと、何かの冗談ですか?」  と姉小路は目を丸くする。  失礼な、私は至って大真面目だぞ? 「貴方のその眼鏡は飾りですか?  良く見れば殿下が普段食べている物と、微妙に違っていると思いませんか?」 「えっ?ええっと」  私に促され、姉小路はブロックを一個手に取り、目を近づけて観察する。 「言われてみれば、中に何か混ぜ込まれているような」 「やっと気づきましたか。  このブロックには通常の料理、肉や野菜などが分からない程度に混ぜ込んであります。  試しに食べてみて下さい」  と私が言うと姉小路は恐る恐る手を伸ばし、それを口に放り込む。 「えっ、味は基本ブロックなのに微かに肉や野菜の味が……しかも美味しい!」 「殿下はチーズ味がお好きなので、チーズに合う食材をレシピに入れてます。イメージとしてはピザに近いかと」  姉小路の食レポに、私が補足する。 「で、ですがハクコさん。  問題は本当に殿下が食べてくださるかどうか……」  という姉小路の心配は杞憂に終わり、私の計画通り殿下はそのブロックを完食した。  しかもおかわりまで要求してきたと言う。  そして二日目。 「ええと、ハクコさんコレは」 「はい、材料そのものは昨日のピザブロックとほぼ同じですが」  特筆すべきはその形状。  薄くスライスしたり丸く板状になったりと様々な形状に加工してある。  形が変わっても食べてくれるのか、そもそもどんな形が好みなのかを分析したかったので種類を増やしてみた。  量も多めに作り、少々勿体無いが今回は食べ残されるのを前提である。 「こんな美味しいのを残すなんて勿体無い!  後で宮内庁のスタッフで美味しく頂かせていただきます」  ……貴方はグルメ番組のテロップかな?  そして出した料理の結果大きめな物、つまり噛むのに手間がかかる形状に嫌悪感を示す事が判明した。  ふむ、なるほどなるほど。  そして三日目。 「コレは随分と攻めましたねハクコさん。  もうブロックの食事を卒業ですか」  そう姉小路が指摘する、今回作った料理はサイコロステーキにコンソメスープ。 「ええ、でも今回は多分残すと思うんです」 「えええっ!?」 「だから一週間かかると言ったでしょう?  数日はギリギリの料理を出して反応を見たいと思いまして」 「ハクコさんそんな……勿体無い」 「もし殿下が手をつけなかったら、貴方が食べても良いですよ」 「殿下残せー!残すんだー!!」  姉小路は気合の入った口調でそういう。  そして案の定本体のステーキには手を出さなかったが、収穫もあった。  付け合わせのコーンやニンジンといった、細かいミックスベジタブル、そしてスープは完食していたのだ。  殿下は意外に野菜好き?  それとも噛むのが苦手で丸呑みな食材ならいけるのか?  さらなる検証が必要である。  四日目。 「今回はサンドイッチ、ですか。  それも随分細かいサイズですね」 「ええ、ブロック固形物に合わせて小さくしてあります」 「中の具も卵にサラダ、生ハムと色々ですね」 「とにかく種類を作って傾向を見る感じです」  と言っても、この四日でほぼほぼ殿下の食べたい物の傾向は把握出来ている。  でも、それだけじゃダメだ。  折角だから一週間で、食べられる食材のレパートリーを増やしたい。  何故なら好き嫌いが多いのはそれだけ人生を損している、というのが私の持論だから。  五日目。 「原型を留めてなければ魚もいけるのは意外でした」 「練り物系は問題ないようなので和食メインで行けそうです」 「ハクコさん、よく和食が体に良いと聞きますけどやはりそうなんです?」 「醤油や漬物などでの塩分の取りすぎはダメですが、概ね体に良い物が多いですね。  特に陸のお肉と言われる大豆製品がタンパク質摂取に最強です。  殿下の以前食べてたブロック食品も主成分は大豆粉ですからね?」 「そ、そうだったんですか!?」 「だから食べ続けても大きく栄養が偏る事なく健康でいられたのだと」 「でもハクコさん、最大のネックは……お米ですよね?」 「そうなんです、和食はお米ありき。  かと言ってパン食も殿下は苦手そうなのが」  六日目。 「粥なら食べられるんですね、殿下」 「やはりブロック食品が主体だった殿下の最大の障害はそこですか」 「で、今回は(パスタ)ですかハクコさん」 「はい、難易度が高いと思ったので今まで出さずにいましたが明日で一応の目処をつけたいと思いますので」 「しかもナポリタンですねハクコさん」 「オムライスと並んで子供が喜ぶ定番ですが、はてさて」 「殿下を子供扱いですか、ハクコさん」 「大きくなっても男は子供ですよ。  一週間も食事に関わっていると、少しだけ情も湧いてくるもので」  七日目、最終日。 「昨日のナポリタン、完食でしたねハクコさん」 「確かに食べてもらうように頑張って作りましたけど、初日の偏食を考えたら意外なくらいでした」 「でハクコさん、今回はピザですね」 「初日がピザ風のブロック食品、最終日は本格ピザを食べて貰おうと思いまして。  コレは流石に残すかも知れませんけど」 「いや、きっといけますよハクコさん」 「うん?  どうしてそんな自信満々なんです君枝さん」 「初めて名前で呼んでくれましたねハクコさん!」  そう姉小路、いや君枝は嬉しそうに言い。 「殿下が仰ってました。あの料理人は最終日にピザを作ってくる、だから食べ方を予習せねばならないな、と」 「それは……」  驚いた。  私が仏の舌で相手の好みの料理を作る事があっても、逆に相手が私の作る料理を前もって当てられる事はそうそうない。  それは予想させないサプライズ要素も一つの調味料(スパイス)だと思っていて、あえて相手の「一番好きなもの」を外して今まで作ってきたからだ。  そういう意味でもまだまだ、修行が足りないな私は。  そして果たして、殿下は私の作ったシーフードピザを完食した。ピザ切りの道具を上手に使って細かく切って。 「という訳で、これが一週間で私が把握した殿下の好みというか、作った料理のレシピです」  私は皇室お抱えの料理人を集め、まとめたレポートを提出した。 「あとは皆さんの努力で、より殿下の好き嫌いを改善するように……」 「良かった、まだいたんだ!」  と、騒々しく食堂に駆け込んでくる一人の部外者。  いや、正確には? 「……殿下?」  と私は思わず驚きの声をあげてしまう。 そこにいたのは一週間私が食事を提供した、䨮仁親王殿下その人であった。 「ありがとうハクコくん!  君のおかげで、食事がこんなにも良いものだと気づかせてくれたよ!」  聞けば彼にとって物を食べる事は飢えを満たすものであって、無駄に時間をかけるぐらいなら他の事に労力を費やしたいと思っていたらしい。  ああ、いるなそういうタイプの人。  殿下は極端だけど。  そして殿下は私の手を掴んで。 「毎日とは言わないが、君が良ければこれからも定期的に食事を作りにきてくれないか?」  と言う。 「殿下、お伝えしたい事が二つございます」  私は無表情のまま、そう目の前の男に言う。 「まず一つ、感謝の気持ちと言え軽々しく女子の手を握るのは軽率な行為だと習いませんでしたか?」  私の言葉に料理人達は目を丸くし、皇族相手にお前何言ってんの、という目すら向けるが。 「ああ済まない、つい」  と殿下はあっさり手を離す。  よしよし、聞き分けの良い子は嫌いじゃないよ。 「そしてもう一つ」  そう言って私は少しだけ笑みを浮かべ、さらにこう宣言する。 「もちろん、今回で終わりな筈がないでしょう?  乗り掛かった船、今後も徹底的に殿下の狂った食生活を改善して差し上げますので、ご覚悟なさいませね」     
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