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人混みの中を歩く少女がいた。 長い黒髪に赤い大きなリボンをつけ、幼いアクセサリーとは対照的に、白いスタンドカラーのブラウスと黒のスラックスを合わせた大人びた服を着ている。 「はぁ、仕事ヤダなぁ。ねえ、適当に何もなかったってことにしてゴハンでも食べて帰ろうよぉ。駅のほうにいなり寿司の専門店があったし」 少女の傍に浮いている子狐が、ぼやくように声をかけてきた。 その子狐には九本の尻尾があり、宙に浮いて言葉を喋っていることからも人外の存在であることがわかる。 「またそんなこと言って。たまには頑張ってやろうとか思わないの?」 ため息をつきながらそう言った少女の名は吉備(きび)ノイエ。 代々霊媒師の家系に育った十代の少女で、家庭事情で中学卒業後に稼業を継ぎ、霊や妖怪の起こした問題を解決する仕事に就いている。 そして、もちろん霊媒師であるノイエについている子狐は彼女の式神であり、名前をコンコという。 式神とは陰陽師が使役する鬼神のことで、人心から起こる悪行や善行を見定める役を務めるものだ。 さらに詳しく述べれば式神の式とは方程式、算式などの式であり、この式をよく理解したうえである一定の手順を踏むと、一定の反応を示す神のことである。 西洋でいう魔女の使い魔とは根本的に違う。 扱い方さえ理解すれば、本来は誰にでも使いこなせる呪術から生まれた存在だ。 つまりは、仕組んだ術式に沿って行動する霊的なAIというとわかりやすい――のだが、ノイエが連れているコンコは自我が強く、基本的にナマケモノであった。 組んだ術式に何か問題があったのか。 その原因はノイエにもわからず、コンコはいつも食べることばかり考えている変わった式神だった。 「だってさぁ。お腹が減ってたらモチベーションなんて上がらないじゃん。それに有名なことわざにもあるでしょ。腹が減ったらいなりを食いねぇって」 「それって、腹が減っては(いくさ)はできぬじゃないの。どんだけ油揚げ好きなんだよ、あんた……」 彼女たちは依頼を受け、とある町にある“道”へと向かっていた。 依頼主の話によると、特定の人間だけが気がつくと入ってしまう場所のようで、今のところ命を落とすまでには至らないが、道から戻った人間たちはケガや病気にかかりやすくなるらしい。 これは何か悪意を持った妖怪のたぐいがいるのではないかということで、専門家である霊媒師のノイエに依頼してきたというわけだった。 「いいからいくよ。仕事しなきゃゴハンだって食べれない」 「そんな古臭い考えなんて今の時代に合わないよ。もっと楽に稼げる方法を考えていかなきゃ」 「そんな方法があるはずないでしょう。大体わたしたちにそんなスキルがあったら、こんな仕事しないし」 「いやいや考えてみなよ。たとえばAIとかドローンとか使ってさ。面倒なことは機械にやってもらって、アタシらはゆったりと人生を楽しむ。それがこれからの時代だよ」 「オカルトな存在のあんたがテクノロジーを語るなよ」 宙に浮きながら寝ころんでいるコンコの首根っこを引っ張りながら、ノイエは町中を進んでいく。 コンコの姿は普通の人間には見えない。 (まれ)に霊感が強い人間が気がつくことがあるが、わざわざ声をかけてきた人間はいなかった。 見間違いか、または関わるのが恐ろしくなったかしたのだろう。 ともかくコンコが好き勝手やっていても、誰にもわからないのだ。 「この先が問題の“道”みたいね」 それからノイエとコンコは、目的地である“道”へとたどり着いた。 そこは閉店しているタバコ屋と、空き店舗の間にある細い道だった。 ノイエは、足を止めてしばらくその細い道の入り口に立っていたが、誰も入ることはなく、皆、素通りしていく。 この近辺に住んでいる人間が通らない道なのかと思っていたが、彼女とコンコが観察してみるに、どうやら誰にもこの道のことが見えていないようだった。 「そうなると、コンコと同じ存在ってことかな」 「なら決まりだね。依頼主のエンマ姉さんの予想どおり、霊か妖怪のしわざだよ」 ノイエとコンコは“道”へと足を踏み入れる。 入って歩いたが、特に異変はない。 どこにでもある住宅街の道だった。 塀に囲まれ、電柱も自動販売機もある普通の通りだ。 だが、まだ陽も高いというのに周囲の家に人がいるような気配はなく、人が通らないせいなのか、自販機の電源なども落とされていることに違和感があった。 それでも何かが起こるというわけでなかったため、彼女たちはただ道を進んでいた。 「これは時間がかかりそうな案件だね。まあ、気長に調べていきましょう」 「えー、さっさと片付けようよぉ。早くしないといなり寿司の店が閉まっちゃうかもしれないじゃん」 「じゃあ、コンコがなんとかしなさい。仕事さえ終われば、それだけ早くお店にいけるんだから」 ノイエは、そんな簡単に解決してたまるかと、意地悪を言ったつもりだったが――。 「なんか捕まえたよ」 「はえーな、おい……」 コンコが怪しい猫を捕まえてきた。 どうやらこの式神の子狐は、余程早くいなり寿司を食べたいようだ。 やる気を出せば優秀なのだから、普段からこうであってほしいと、ノイエは大きくため息をつくしかなかった。 「うわぁぁぁッ! 離せ、離せよ! アタイがなにしたってんだ!」 「この子……猫又か」
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