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02
コンコが捕まえてきた猫は、小豆柄の着物を羽織り、三味線を背負っていた。
ノイエは尻尾が二つに分かれているのを見て、この喋る猫が妖怪――猫又だとわかった。
猫又とは、日本の妖怪の一つで仙狸が由来ともされている。
また年月を重ねた猫が化けたものと言われており、外見はおおよそ猫そのものだが、尻尾が二股に分かれているのが特徴だ。
他にも特筆して大きな体を持っていたり、人間に化ける能力を持つものもいる。
性格は人間に似て多種多様であり、凶暴で人畜に害を為す猫又もいれば、飼い主に恩返しをする穏やかな性格の猫又も存在する。
ノイエは、コンコに押さえられて暴れている猫又から感じる妖気から、大した力を持たない下級妖怪だと判断していた。
それから予測するに、この“道”で起きていることは、この妖怪のイタズラか。
それならば今までこの“道”に迷い込んでも、死人が出ていないことと繋がるが――。
「なにしたってんだって言ってるけど、痛い目に遭いたくないなら答えてちょうだい。あなたがこの場所で悪さをしていたの?」
「バレちゃしょうがない。そうさ、全部アタイの仕業、猫又オハギさまのイタズラさ!」
オハギと名乗った猫又はあっさりと白状すると、すっとコンコの手からすり抜けた。
それから宙で胸を張りながら、べべんと背負っていた三味線を鳴らす。
ずいぶんと芝居がかった物言いだなとノイエが思っていると、コンコは再びオハギを取り押さえにかかった。
先ほどとは違い、九つある尻尾を鞭のようにしならせて、猫又の体を縛り上げる。
「うわッ!? まさかアタイがこうも簡単に、しかも二度も捕まるなんて!? あんたらなにもんだよ!?」
「ただの霊媒師とその式神だよ。さてと、ノイエ。仕事はこの子を捕まえて片付けたし、早くいなり寿司の店へ行こうよ。油揚げと酢飯がアタシを待ってる」
コンコは、完全に確保した猫又を引っ張りながら、ノイエを急かした。
確かにこの猫又が元凶ならば、この通りで起きていた現象は解決するが、ノイエはどうも腑に落ちない。
その理由は、こんな力の弱い妖怪ならば自分が依頼される前に、誰か他の者が退治するなりなんなりできるレベルだったからだ。
あと理屈ではなく、ここに何かを隠しているような、そんな霊感が働いているのもあった。
さらに考え込むノイエ。
もし自分の勘が当たっているのならば、この“道”の問題は何も解決していない。
しかし、猫又は自分のイタズラだと言っている。
さてどうしたものかと、喚くコンコを無視してノイエが頭を悩ませていると――。
「ごめんなさい! アタイが悪かったです! もうしませんから許してください!」
オハギが平謝りを始めた。
コンコは呆れながらも、猫又を縛っていた尻尾をとってやった。
「しょうがないから今回は勘弁してあげるよ。だけど、またここで悪さするようだったら、次こそ許さないからね」
自由になったオハギは、それからも何度も頭を下げ、もう二度とイタズラはしないと言い続けていた。
これで事件は解決、依頼は達成。
もう考える必要などないと、コンコが早くいなり寿司の専門店へ行こうと、ノイエに声をかけた。
だが、すっと考え込んでいたノイエは顔を上げると、コンコの傍で宙に浮いているオハギの喉を鷲掴みした。
苦しそうに呻く猫又を見て、コンコが驚愕の声をあげて止めに入る。
「ちょっとなにしてんのノイエ!? もうオハギは大人しくするって言っているんだから許してやろうよ!」
「この子じゃない……」
ノイエはつぶやくように答えると、オハギを掴む力を上げていく。
普通、妖怪はどんな下級のものでも、人間の腕力ごときで絞めつけられようが、けして苦しむようなことはない。
それは、ノイエは腕力ではなく、霊力を使ってオハギを絞めているからだった。
並みの妖怪では彼女にけして敵わない。
まだ十六歳という若さだが、ノイエの霊媒師としての実力は本物だ。
コンコは必死になって止めながら思う。
ノイエは年のわりには少し冷めたところがある子だが、けして冷たい人間ではない。
これまでだって依頼主の意向を無視して、何匹もの妖怪や幽霊を救ってきた。
そんな彼女が、一体どうしてここまで猫又を追い詰めるのか?
かなり長い付き合いだが、子狐にはその理由がわからない。
「どうしちゃったんだよノイエ!? オハギがかわいそうじゃん!」
いくら体を引っ張ろうが、まったく止める気配のないノイエ。
そんな彼女をどうやって止めようかとコンコが考えていると、オハギは呻くように、そして誰かに声をかけるように口を開いた。
「ダ、ダメだよ……アズキィ……。アタイは大丈夫だから……で、出てきちゃダメだぁ……」
まるで願うような猫又の言葉の後。
ノイエたちがいた“道”が歪み始めた。
空の色は青から赤くなり、目の前にあるものすべてが、まるでゴムにでもなってしまったかのように緩んでは伸び縮みしている。
「こ、これはなに……? 一体何が起こったの!?」
「コンコ。あなた、いなり寿司を食べたい気持ちが強すぎて目が曇っていたのね。この“道”で起こっていた怪奇現象は下級妖怪なんかにできることじゃない」
赤く染まって歪んだ通りから、黒い影が現れ始める。
その黒い影はゆっくりと動き、次第に人の形へと変わっていった。
「まさか……この“道”にいたのって……」
「そう。これだけの歪みを発生させられるのは……上級の妖怪以外なら地縛霊だけよ」
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