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料理は魔法のようだと昔から思っていた。育て方も環境もなにもかも違っている食材をどうしておいしくできるのかいつも疑問だった。鍋の中で食材が仲良くなって友達になったからだとお母さんに教えてもらって以来そう思っていた。
錆び付いた階段を上がりるり子の部屋に僕は荷物を置いて手を洗って台所にたった。彼女にごくつぶしと言われたからではないがなにか手伝いたいと思ったからだ。
「座っていればいいのに」
「心配なんだ。それにごくつぶしじゃないしね」
「気にしてたんですね」
白のエプロンを着たるり子は腕をまくってジャガイモの皮をむき始めた。僕は水で泥をおとしジャガイモを渡す。ある程度、剥き終わると今度は玉ねぎをみじん切りにした。
「油ひいといてもらえますか」
僕は合いびき肉を用意して言われた通りフライパンにサラダ油をひいた。るり子がみじん切りにした玉ねぎと合いびき肉をいためて塩コショウで味付けをしている間、さきほど茹でたジャガイモをつぶす。つぶしたジャガイモにいためた玉ねぎとひき肉を混ぜて形を整えた。るり子はそれに小麦粉をまぶし溶いた卵をくぐらしパン粉をつけて百八十度の油で揚げた。
「小麦色になるまで見ていてください」
僕はフライパンから目を離さずじっと眺め、
「もういいかも」
そう言うとるり子がコロッケをお皿に移した僕は慣れない手つきでキャベツを千切りにしてお皿に添えた。一時間かけて二人はコロッケを作り上げた。
「さっそく食べよう」
「まってください。いただきますしてからです」
渋々、手と手を合わせ「いただきます」と言うと僕はコロッケを一口食べる。るり子は次の言葉を待っていた。
「お、おいしいよ、すごくおいしい」
彼女はほっとしたように胸をなでおろした。そのとき一瞬だったけどニコッと笑った気がする。一個食べ終わるとるり子はようやくコロッケを口に運んだ。
「ちょっとこれしょっぱくないですか?」
「そうかなおいしいよ」
「いえ、納得できません」
「まあいいじゃん僕がおいしいって思うんだから」
「あなたに気を使わせたくありません。次は心のそこからおいしいって言わせます」
「ほどほどに頑張ってよ」
学校の課題を終わらせかなこの帰りを待った。お母さんは今日も夜勤なので明日の朝まで帰ってこない。居間の電話が鳴る。僕はかなこさんからだと気が付いた。
「もしもし、お母さん?」
彼女の明るい声が狭い部屋に響く。しかし会話が進むごとにるり子の声に覇気がなくなっていく。
「かなこさんなんだって?」
受話器を置いたるり子に尋ねる。
「お母さんが帰ってこれなくなった」と寂しげな表情を浮かべる。
「あなたもう帰ったらどうです。お母さんにあいさつすることもできなくなったのですから」
突き放すような言葉を浴びせられ、しょんぼりする暇もなくるり子は僕から背を向ける。分かりやすい八つ当たりだった。
「でも俺が帰ったらるり子は一人だしさみしいでしょ」
「私は一人になれてます」
ひざを抱えて座るるり子の背中を前に放課後図書館で借りた本を思い出す。人気作家の新刊で世間でも話題になりつつある本だ。
「この本読んでみてよきっと気に入ると思うよ」
るり子は拍子抜けの表情で本を手に取った。
「るり子はどうして本が好きなの?」
「お父さんに教えてもらったんです。読書って旅と一緒だって、本という乗り物に乗って未知なる冒険にでる。そこで出会う発見、思考は、人には決してわからない自分だけの宝物。だからその喜びを言葉に出来ないの一言で済せてしまうのはあまりにも寂しいでしょ。物語の終点まで言葉もつれてってあげたいんだそのためにたくさんの知識が必要なんです」
そう言うとるり子は本を開く。
「るり子のお父さんはどこにいるの?」
「……高科くんってお友達少ないでしょう」
「るり子に言われたくないよ」
「そういうところです。もう今日は早く帰って」
るり子の声はひどく静かだった。僕はしぶしぶ一人しかいない家に戻って寝転がる。お父さんが生きていたらもう会社から帰ってくる時間だ。切れかけた蛍光灯が一分に一度点滅してやがて暗くなる。それからのことはあまり覚えてない。
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