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僕のクラスには、他のクラスも恐れる女子の絶対的リーダーがいた河野エリカである。エリカは可愛らしい顔とは相対して嫉妬深くわがままで噂では何人もの女子が登校拒否に追い込まれたとかこのクラスでエリカに逆らう女子はおろか男子もいなかった。
僕とるり子が教室から帰ろうとするとエリカが取り巻きの女子を連れてやってきた。それから教室の後ろにも誰かいる。るり子を囲むように陣形をとり物怖じしないるり子はさめた声で「なにかようですか」と訊ねるとエリカがいきなり言った。
「あんたさぁなんでまりちゃんの彼氏をたぶらかせたの?」
「彼氏? なんのことですか?」
「はぁとぼけるつもりケンゴくんのことたぶらかせて告らせたくせに」
ケンゴと聞いて僕はこの前晴彦が言っていた一組の太田健吾のことだと勘づく。
しかしるり子は意にも介せないといった様子で、悪びれもなく「ケンゴくんって誰ですか?」
その言葉に取り巻きの女子は凍り付いた。エリカの横に陣取った野村真理は下を向いたまま泣き出した。
「本気で言ってる? なめんなよお前。まりに謝れ」
真理の背中をさすりながら、エリカはるり子を睨む。続けざまにこの世界にあふれたありとあらゆる乱暴な言葉をるり子に浴びせる。そのうち僕の方が我慢できなくなって言い返そうとしたが、るり子がそれを止めた。
嵐の夜をやり過ごすようにるり子は呆れて黙っていたが、しつこいエリカの追及に苛立って反論する。
「思い出しました、太田健吾くん。身体が大きくて乱暴者。あんなのと付き合ってたんですか? まりさん趣味わるいですね」
その言葉がトリガーになって目が血走ったエリカがるり子の長い髪を掴みにかかる。
るり子は顔を歪めたがすぐに持ち前の運動神経でエリカの腕を掴んで髪に触れさせない。
「離せよブス!」
エリカは騒いでるり子の手を振り払う。もはや力の差は歴然だ。
「それでは私は帰るので、みなさんさようなら」
颯爽と教室を出ようとするるり子にエリカは悔しそうに唇を噛みしめていた。僕は少しすっきりした気持ちになってるり子のあとを追う。
「あなたのお母さんはフーゾクなんでしょ」
るり子の歩みが止まる。表情が固まりエリカが嘲笑う。
「私のお父さんが見たっていうのよ夜の街で働くあなたの親を」
思わず目をそらしたるり子の肩をつかもうとしたエリカの手を僕は払った。
「やめろそんないいがかりは」
エリカが僕をにらんで言った。
「高科は関係ないから首突っ込まないでよ、ねぇビンボーだからお母さんがフーゾクで働いてるんでしょ」
後ろの方で取り巻きがはやしたてた。
「るり子ちゃんのお母さんはフーゾクだからお父さんに捨てられたんでしょ」
エリカがニヤニヤ笑っていった。
「あなたのお母さんいつも香水のにおい、ぷんぷんさせて不純よ」
僕はかなこさんがどういう仕事をしていて帰りが遅いのかなんとなく知っていた。夜の仕事をしているだけでフーゾクではない、るり子の心が折れそうになる。エリカがまたなにか言いそうになったので声に出す前に阻止したかった。
「やめろそれ以上言うな!」
僕は、エリカに飛びかかってその口を塞いだ。その時だった。るり子の声が響いて僕の後頭部に衝撃が走る。
「高科くん!」
痛いというより熱かった。意識が朦朧としながら後ろを振り返ると、そこには三組の中川祐司が鬼の形相で立っていた。
「エリカに何してんだてめぇ」
そうだったエリカが女子にも男子にも一目置かれている理由。それは中川祐司と付き合っているからだ。
でたらめに腕をふりまわしてみたが中川祐司は強かった。荒っぽい家庭に育ったうえに、親の方針で空手を習っている。エリカは祐司が自分と付き合っていることをいいことに持ち前の要領のよさでこき使っていた。噂では中学生より喧嘩が強いと言われている。
「しつけーよ、高科」
腰の入った正拳づきが僕の胸に入った。打たれたところをおさえて一瞬苦しかったがそれでも止まるわけにはいかなかった。本当ならこんなやつと関わってはいけない感情が高ぶって中川祐司に突進する。るり子が叫んだ
「高科くんやめて」
僕は二度ほど殴られたがなんとか祐司のむなぐらをつかみ左の頬に一発ぶちこんだ。
「てめー殺してやる」
目を吊り上げて、祐司は僕の腹を思いっきり殴った運悪くみぞおちに入って息が出来なくなる。目の前が真っ白になり、るり子の叫び声が聞こえて僕は意識を失った。
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