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クリスは森の調査を終えたらしい。森の拡がり具合を計算して、あと何年持ちそうかを雷様に報告したと言っていた。そして大会一週間前に、そろそろセルシアさんにカマしてくるぜ!と意気揚々と作業部屋を出て、そこから四日、帰ってこなかった。
流石に四日は長過ぎる。え、もしかして、失敗した?五日目、僕はクリスのボディメンテモジュールを呼び出した。酩酊状態だ。慌てて迎えに行くと、クリスとセルシアさんは二人とも全裸で虚空を見つめながら薄暗いホテルの廊下に放り出されていた。僕は状況を察した。クリスお前、予備を自分に使ったな?
「あーあ、ガンギマリじゃん。数日でこんななる?普通。勘弁してよね」
僕はとりあえずセルシアさんにヘッドセットを被せ直した後、クリスとセルシアさんの口の中に指を突っ込み、上顎にドラッグと対になる解除パッチを注入した。
「──っ、あー……効いたァ………」
クリスが呻く。
「だっさいなぁ…」
僕は鼻で笑ってやった。お前までそんな醜態晒す必要無かっただろ。するとクリスはガバリと僕に抱き着いてきた。いつものこととはいえ、全裸はキツい。
「うわっ!?ちょっと、もう大丈夫な筈だよ!まだおかしいフリなんて通用しないからね!」
「分かってる、愛してる、リノ、んちゅー」
「うわーやめろー!臭い!汚い!!水風呂で頭冷やせクソ野郎!!」
僕は気付くとクリスを床に叩きつけていた。
「こらこら…僕の前でイチャイチャするのやめてもらえますか…」
セルシアさんが力無く笑う。今のがイチャイチャに見えた?こいつも頭大丈夫か?
「おにーさんもだよ…何がどうなって二人素っ裸でこんなとこにポイされてるんだよ…」
白々しく心配してやる。いや、何故全裸なのかは素直に謎が過ぎるが。
「女の子達と楽しく遊んでるところで何か多分食べた?飲んだ?吸った?かして、そこからはちょっと自信ないです」
「無防備!!」
「いやー、うん…次から気をつけますね…」
「ラリッてるセルシアさんもーさいこーだったよぉ」
「…こいつの仕業?」
いちいちクリスが癇に障るが、セルシアさんの信用を得るためだ。ちゃんと芝居は続ける。
「あー、んー…まあそうかも?」
「なんか…ごめんね…。こいつに入れてあるモジュールがあんまり長いこと酩酊状態示してたから来てみたんだけど。もうちょい早く来るべきだったか」
「なーに、心配してくれたのー?リノも混ざるー?」
地面にひしゃげたクリスが手を延ばしてくる。お前、本来の目的を忘れていやしないか?巫山戯てるんじゃないんだよ。
カラン…
と鐘をひとつ鳴らし、冷たい目でクリスを見下ろす。クリスは我に返ったのか、床で震え始めた。
「…すんません」
「うん。次うざ絡みしたら捨てて帰るからね」
「ハイ…」
「あと国外の客人に変なパッチ使わないで」
「ハイ…でもセルシアさんが」
「言い訳無用」
「ハイ…」
これ以上今のこいつに喋らせるとボロが出る気がする。僕はとりあえずクリスを黙らせた。
「大方宿代が切れて部屋から追い出されたんだろうけど…まず風呂に入らないとだからまた一部屋借りたから。ほら二人とも荷物と服持ってそこの部屋入って。さっさとシャワって出て来て」
「あの、リノさん…クリス君と一緒にシャワーはちょっと」
「お前ホントに何したの!?」
仕方なく、僕は大の男が二人で入る風呂場のドアを開けて見張り番をした。クリスが何故か喜んでいるが、変態のことはいちいち構ってられない。
「あのさぁ、大会までもうあと二日なの。知ってる?」
「お、もうそんなに経ってたかー」
「お、じゃないんだよ!僕が助けに来なかったらお前ら出場すらできなくなるとこだったぞ!?その場合クリス、お前は間違いなく有罪だ。雷様が呼んだセルシアさんを誑かした罪」
そんな下らないことで僕の計画が全部おじゃんになってたまるか。僕は二人にイライラしていた。
「そんなー、俺は誑かされた側だよー!有り金すっからかんだしー。こんな美人なお兄さんがさー、金さえ払えば何でもしますよーなんて言っちゃうのが良くないんだよー」
クリスが言い訳する。僕が指示したってことは伏せる辺り、一応正気は取り戻しているらしい。いや、お前自身にもパッチ使えとは僕は指示したつもり無いけどな。
「ははは、マスクは付けてないけどクリス君の声は普通に聞こえてるんですよ」
「そして否定はしないんだねセルシアさんも…はぁ、嫌な化学反応だな…。てか何?有り金すっからかんって言った?」
「あっ、そうじゃんリノちゃん貯金も…!ごめん!」
やっぱりね。僕は溜息をついた。お前の金銭感覚なんてそんなもんだろうと思ったよ。
「別に?元々クリス…脳味噌下半身野郎の金だし、謝らなくていーけど。僕んとこに来るはずだったものがこんな一時の快楽に使われたのは何となくムカつくな。その顔やめろ」
「リノ…そんなに俺に期待してくれて…無理、我慢出来ない。今から抱かせていただきます」
「え、何そういう流れ?お手伝いします」
「違あぁぁう!!!!!!」
僕は思わず壁を殴った。こいつらもうここに捨てて帰ってやろうか?勝手に二人でイチャイチャしてろよ。クリスを勝たせたい僕が無駄に健気で馬鹿らしく思える。
でも、本来の目的は一応ここからなのだ。二人が風呂場から出て来たので服を渡す。一着しか用意してないから、クリスは臭い服のままだが、自業自得だろう。セルシアさんがヘッドセットを被り直したのを見てから声を掛ける。
「セルシアさんも、流石に今晩はうちに来てメンテさせてもらうよ。ドラッグが残ってたらドーピング扱いになって大会になんか出られないし。良いよね?」
「はい、お手数お掛けします」
しおらしい笑顔。ホント、顔が良いって得だよな。僕が言えた話じゃないけどさ。
想定外のことも起きたが、何とか当初の予定通り、セルシアさんを作業部屋に連れ込むことに成功した。セルシアさんは何というか、好奇心の塊という感じの人で、僕が彼のスキャンを解析している間ずっと、クリスから作業部屋と僕の仕事について話を聞き出していた。なんか、仲良いじゃん。僕がいなくなっても、セルシアさんがいるなら平気か?お前は。
「…驚いた。セルシアさんはインプラントひとつもしていないんだね」
僕はわざと二人の話の腰を折りにいった。
「あ、はい、実はそうなんです。…サンリアちゃんが調べてくれました。ここでは〈剣の仲間〉は皆知ってるおとぎ話なんですよね。僕は、それです。他の世界から来ました」
セルシアさんの思わぬ返答に、僕は頭を抱えた。
「……あのさ。おとぎ話はあくまで、おとぎ話なんだよ。大真面目に言わないでくれる?剣の仲間?何の剣なのさ、セルシアさんは」
「それは言っちゃいけないことになってるんですよね…」
「ほら見ろ。僕は信じないよ、他の世界なんて」
「まあ、それは別に信じてもらえなくても良いんですが…」
セルシアさんは困った様に笑う。クリスが首を傾げる。
「でも確かに、サンリアちゃんが持ってた杖みたいなの、あれであの子飛んでたよな。あれが彼女の剣なのか?」
「言えませんってば…。でも、僕らの剣の中では彼女のが一番攻撃的です。彼女は今回の武闘会には出ません。僕とレオン君の剣は攻撃魔法は使えませんから、そんなに心配しなくて大丈夫ですよ」
どうだか。そんな言葉を真に受ける馬鹿は…クリスくらいのものだ。僕は溜息をついた。会話対象をセルシアさんに絞って叱りつける。
(あのさ。クリスのこと揶揄うの、やめてくれない?こいつ素直なんだよ。セルシアさんみたいな悪い大人に慣れてないの。)
(…あれ、これ僕にしか聞こえてないやつですか?)
(そうだけど。…え、セルシアさんも同じことしてる?)
(ええ、まあ、僕の魔法で同じこと出来るので。…僕にモジュールが入ってないのにこういうこと出来る、ってことで、少しは信じて貰えました?)
僕は気付くとセルシアさんを睨みつけていた。〈剣の仲間〉なんだろうなとは、最初から思っていた。それがもっと英雄的で、クリスみたいな奴ばかりなら、僕は安心して雷の剣をクリスに持たせるつもりだった。だがこいつは駄目だ。こいつといると、クリスは駄目になる。
(…僕は、クリスに雷の剣を持たせる気でいる。だから約束して。セルシアさんは悪い大人だから、クリスに手を出さないで。…僕の、代わりにならないで…)
(…リノちゃん。君は…)
僕は泣きそうになり、思わずクリスとセルシアに背を向けて端末の方に向き直った。
(…そうだよ。僕にとってクリスは特別なんだ。お前になんか、やるもんか)
「あれ、リノ、どうした?」
クリスからすると僕は突然黙り込み、セルシアさんを睨んで、それからそっぽを向いた様に見えていただろう。
「…どうもしてない。クリス、お前は…」
その先は言えない。聞けなかった。お前は雷の剣を手に入れたら、セルシアさんと一緒に行くのか、なんて。そんなこと、聞かれてもクリスは困るだろう。行かなきゃ駄目なら行く、それだけだ。僕の気持ちなんか、介在する余地はない。何でそんな当然なことを聞こうとしたかというと。結局、僕はクリスに、セルシアさんより僕を選んでほしかっただけなのだ。口だけでも気休めがほしかった。
…お前と、違う世界に生まれていれば良かった。ここまでの僕と、これからの彼。どちらが長い付き合いになるかなんて、分かりきっている。
セルシアさんが突然、あの大きな楽器を手に取り爪弾き始めた。
優しい夢が 終わりを告げる
別れの時が 近付いてくる
僕らは皆 旅の途中で
偶然ここに 集ったのみで
それはほんとに 奇跡でしょうか?
そこに意思など ないのでしょうか?
思い出してご覧 僕らはいつも
逢いたくて手を 延ばしてたんだ
君と一緒に 生きたかった
君と一緒に 死にたかった
それが叶わぬ 夢だとしたら
僕はただ願う 忘れないでと
この延ばした手 届かないなら
僕はただ願う 強く生きてと……
「……!」
夢なんかじゃ、ない。こんな、こんな歌に、僕は泣いたりなんか。僕は。セルシアさんに、負けたりなんか…!
「…おい、リノ。大丈夫か、お前……」
クリスが僕の様子に気付き、優しい手を僕の顔に延ばす。クリスの手は当たり前のように僕に届いて、僕は、もう、駄目だった。
「嫌だ、クリス、僕は嫌だ…」
涙を溢しながら、クリスの手に縋りつく。
「こんな世界、こんな最後、こんな運命、全部嫌だ…!」
「お前は何を…」
クリスは困惑している。そりゃそうだろう。こいつはちっともピンと来ていやしないみたいだから。
お前は何だかんだ言って、僕がいなくても大丈夫な奴だ。もしおとぎ話が本当だったとしても、やがて使命を終えて僕のところに帰ってくれば良いと思っているのだろう。
耐えられないのは、僕だけだ。
みっともないのは、僕だけだった。
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