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最後の日
「…リノ、寝ちゃったみたいだ」
クリスは腕の中で泣いていた最愛の人が静かになったので抱きかかえ直して確認し、セルシアに報告した。
「そうみたいですね。ちょっと可哀想なことをしてしまいました、泣かせるつもりは無かったんですが…」
「…こいつ、ずっと俺にべったりだったからさ。俺がセルシアさんと仲良くしてるのを見て取り乱したんだと思う」
「…あー。まあ、そういう面もあるんでしょうね…」
リノはそれよりもその先にある、避けられない別離の方をこそ嘆いていたようだけれど、とセルシアは思ったが、クリスには伝えないでおいた。クリス自身が雷の剣についてどう考えているかは分からないからだ。リノが勝手にクリスに雷の剣を持たせようとしているだけかもしれない。二人の間のことに首を突っ込むつもりは無かった。
「…可愛い奴だろ、リノは」
クリスが腕の中のリノの寝顔を見ながら唐突に惚気る。
「そうですね…十七歳でしたっけ。なんだか、随分幼く見えます」
「これでいて頭はすごく切れる天才なんだけどねー。心の方は…十四の時に一度赤ちゃんに戻っちゃったから…今三歳児かもしれない」
「なんとまぁ…」
セルシアとクリスは顔を見合わせてフフッと笑った。
「こんな美人な三歳児がいたらクリス君も大変でしょう」
「ほんとそれなんだよなー。理性が追い付かない」
「お兄ちゃんでしょ、我慢しなさい」
「えぇ…セルシアさん意外と厳しい…」
「三歳児に手出すのは犯罪ですよ」
「実際は花も恥じらう十七歳なんですけどね!」
クリスは自分の名誉のために弁明した。
「…クリス君にとって、この子はどんな存在なんです?」
「えー?それ聞いちゃうー?」
クリスはにへへと笑ってから考え込んだ。
「…何だろう…俺の…一番大切な人で…愛してる、初恋の相手で…すごい身勝手な奴で、どんな酷いことされても許せて…抱きたいけど一度も抱かせてもらえない…つらい…」
「うわぁ、聞かなくて良かったかも。でも何で抱けないんですか?今とかほら、無防備そうなのに」
「この状態でも唇と尻は防御してくるんですよこいつ」
「えっすごいな、その…執念ってやつ?でも、手足縛っちゃえば大丈夫でしょ?」
「…せ、セルシアさん…」
クリスは絶句する。
「あれ、そういうの駄目な方ですか、もしかして」
「…いや…え、プロの方?」
「抵抗されないように徹底するなら、ベッドの四足に両手両足一本ずつ。更に胴回りを横に縛るのもありですが、あんまり可哀想だとこっちが萎える可能性があるので初めての人にはオススメしません。身をよじった時の見た目を考えて遊びを作るのがコツです」
「なるほどなるほど」
セルシアの指導を受けて俺は裸に剥いたリノをベッドに括り付ける。
「セッティング完了です。起こした方が良いですか、先生」
「反応が見たいなら起こしてもいいけど、恨まれても僕は知りませんよ」
「えぇ〜迷うな〜」
俺はそう言いながらリノの肉のない腹を撫でたが、ふと気付いて手を止めた。
「…しまった、駄目だこいつ。このまま合意無しに襲ったら起きてすぐ自殺するかも」
「えぇ…?」
「こいつ脳をいつでも破壊できるようになってるんだよね…前に変なことしたら死ぬからなって脅されたんだった」
慌てて縄を解き始める。
「…なぁんだ、ヤらないの?」
「げえっ!リノ、起きてたのか」
「途中で起きたよ、手足が擽ったいんだもん。残念だなァ、お前が僕のこと犯した瞬間にリノちゃん人形に成り下がる予定だったんだけどなぁ」
「やめろよバッドエンドじゃんそんなの…」
俺は急いで全ての縄を解いた。リノの顔を直視できない。
「ねぇ、ところでさ。縛ったということは縛られる覚悟もあるってことでいいの?」
「……もう一回言ってもらっていい?」
耳を疑った。俺の可愛いリノから出てくるセリフではない。
「僕、ずーっと隠してたんだけど、お前のことぶち犯したくて堪らないんだよね。端的に言うと、お前のこと縛って、ボコボコにしていい?」
俺はヒュッと息を呑んだ。何なんだ今夜は。リノはどうしたんだ。セルシアさんが来たせいか?武闘会が近いせいか?訳が分からない。でも、気付いた時には頷いていた。
そこからは酷かった。愛撫なんてものではない、野生の獣が捕らえた獲物で遊ぶかのような蹂躙が始まった。リノがこうなったのは俺のせいかもしれないと思い、クリスは呻きながら耐えた。鬱屈した自分。隠し通したい獣の本性。それを抱えながら、可愛いリノという嘘をこいつは俺のために今まで維持してくれていたのだ。
「クリス、医療モジュール切れ。治すんじゃない。痛みを受け取れ。僕に逆らうな」
リノはセルシアさんが見ていようがお構いなしだ。いや、むしろあの人がいるから止まらないのかもしれない。あの人は、少し眉を顰めるだけで何も言わず壁にもたれて俺達の醜態を見ている。それがリノを興奮させ、逆上させるのか。
「他所見か?妬けるな」
無理矢理向きを変えさせられ、顔に激痛が走る。でも、俺は今初めて、本当のリノを見ている。こんなに苛烈で、淫靡で、美しいリノを、俺は知らない。下腹部が熱を帯びてくる。マズい、今のリノに気付かれたら危険だ。口の中の血の味に集中しようとする。するとリノは俺にキスして、口の周りや中の血を丁寧に舐めとった。ニヤリと獰猛に笑う。この、獣は、俺の血の味を覚えていたのか。
背後でコトンと音がした。セルシアさんが横になっていた。マジか、この惨状見ながら寝落ちしたの?!どんだけ修羅場潜ってるんだあの人は。俺とリノは二人して呆れてセルシアさんを見た。そして、お互い向き直った。
「あ、…その。クリス、ごめん」
「…ちょっとはスッキリした?」
「うん…ごめん、ごめんね……」
「良いよ、別に。お前になら何されてもいい。だから、こんなになるまで溜め込むな。俺なら大丈夫。ほら見ろ。興奮してる」
「…うわぁ。変なもん見せんじゃねえよ…」
「リノが綺麗過ぎるからだよ」
俺が上体を起こしてリノの頬に頭を寄せると、リノは微笑んで俺の頭を撫でた。
「…ちょっとなら、良いよ。今ならもうセルシアさんも見てないし。僕がちょっとスッキリするまで頑張って耐えたご褒美をあげる…」
そんなもの、お互いちょっとで終わる筈もなく。
俺とリノは血だらけになりながら、朝まで体を交えた。
その後、リノから傷を治療する許可が下りたので、俺は綺麗な体になってセルシアさんを彼らが滞在している瑪瑙宮まで送り返した。
「あの後丸く収まったんですか?」
セルシアさんが事も無げに聞いてくる。やっぱりその道のプロの人は違うなぁ。
「うん、俺もリノも大満足。セルシアさんのお蔭だよー」
「僕は唆しただけで何もしてませんけどね…、まあ楽しかったなら何よりです」
「次は是非交ざって!」
「クリス君がそんなだからリノちゃんがああなるんですよ。自重しなさい」
「ハイ…」
セルシアさん、昨晩は俺の味方だったのに、今はリノの肩を持っている。長い物に巻かれる主義なのだろうか。
「それじゃ、また明日。いい試合にしましょう」
「うん、また明日ねー」
俺はひらひらとセルシアさんに手を振って、瑪瑙宮を後にした。
リノは作業部屋で惚けていた。夢みたいな一夜だった。僕はクリスにとうとう手を出してしまって、それでもクリスは僕を抱いてくれた。セルシアさんのあれ、多分最初は狸寝入りだったよな。でも、お蔭で正気に戻れた。二人で愛し合うやり方を選ぶ余裕が出来た。まあその後も何度か怪我はさせたけど、あの位ならプレイの範疇だろう。
さて、どうしようね、明日は。この記憶までを保存して、モジュール化して、この体は捨てようか。でも何だか勿体無い気もしてきたんだよな。折角クリスに愛して貰えた体なのに、捨てちゃうなんて。
とりあえず準備はして、決行するかは、土壇場で考えよう。リノはそう保留して、リノモジュールを完成させた。
武闘会が始まった。
〈剣の仲間〉のレオン君は、どうやら視覚妨害をカミナに邪魔されずに使いこなせるようだった。それは問題ない。妨害対策ナノマシンを会場内に充満させた僕の敵じゃない。セルシアさんは多分、聴覚の方なんだろう。スキャンデータを読む限り、元々あの人は素の状態でも聴覚が著しく発達していた。そして今のところ、魔法を使って勝つ様子はない。普通に剣の腕も立つ。
クリスの持っている剣豪データ、こっそり僕にもコピーしておいて良かった。ただ疾いだけでは恐らく無駄に動き回らされて終わるところだった。
僕とクリスのブースト機能は、大抵の試合を一瞬で終わらせた。予選の試合に掛かった時間で決勝トーナメントの配置が決まる。一位がクリス、二位が僕。だからトーナメントでは決勝まで僕とクリスは当たらない。そして、セルシアさんは順調に行けば準決勝で、僕と当たる。
絶対に負けたくない。
レオン君が準々決勝で、新技を見せた。視覚妨害ではなく、影分身。自己の幻影に攻撃を誘導させて、虚を突く技だ。
「あんなことも出来るのか…!」
クリスが顔を引き締める。僕らは王位継承者用のVIP控室のモニタから大会の試合を見ていた。クリスのブースト機能にはアイシングが必須だから、僕は手を冷たくしながら彼の面倒を見ている。モジュールを十全に動かすための技師の仕事だ、怠るつもりはない。しかしその技だけはしっかり目に焼き付けた。
「あれに対応するには僕の妨害対策ナノマシンから視覚以外の情報を受け取るのがいいね」
「リノなら勝てるってことか…」
「クリスにも出来るよ。妨害対策ナノマシンの出力先は運動野に直だから、体が勝手に対応するかもしれないけど。送信先を僕だけじゃなくてお前にも設定すれば反映される。ナノマシンの方の書き換えは間に合わないから、お前の知覚IDを僕のにすり替えよう。それで有効になる筈だ」
果たして準決勝戦、クリスはレオン君を一方的に追い詰め勝利した。
「リノ、今回もありがとー!」
「こんくらいお安い御用だよ。でもま、まさか僕のナノマシンが会場の空気中に無数に紛れてるとは思わないよね」
レオン君は恐らくサンリアちゃんの力を使って文字通り飛んで逃げたが、そんなことをしても無駄だった。だって、彼の体を浮かせるその風の中にも、僕のナノマシンが含まれているのだ。
「リノは最高の技師だよやっぱり。知ってた。俺のメンテも毎試合バッチリしてくれたしねー。という訳で抱かせて?」
「馬鹿野郎次僕の試合なんだよ!マスかいて見てろ!」
レオン君がサンリアちゃんの力を使ったということは、セルシアさんもレオン君とサンリアちゃんの力を使えるということだ。クリスのおふざけに付き合う余裕は、今の僕には無かった。
「えっ!?見抜きいいんすか!?」
「あー!!今のは違うやめて同類にしないで」
完全に余計なことを言った。僕は顔を顰めた。
「一昨日の晩は最高だったねー!終わったらまたセルシアさんも呼んで三人でイチャイチャしようねー」
「地獄絵図やめろ!」
僕はセルシアさんのことなんか、これっぽっちも好きじゃないのだ。クリスはその辺り、無神経というか能天気過ぎる。
僕が溜息をつきながらアイシングを終えようとすると、クリスは僕の腕を引っ張り無理矢理抱き寄せて、額に噛み付くような乱暴なキスをし、そのまま耳元で囁いた。
「…おい。セルシアさんに負けたりしたら、許さないからな」
僕はフンと鼻を鳴らした。
「…負ける訳ないだろ。お前の相方はこの国で最強なんだよ」
クリスは僕をぎゅうと抱き締めた。もうこのまま、離れたくない。呼び出しの鐘が鳴った。
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